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	<title>祝日イベント &#8211; Le vrai Japon. フランス発見 | Nippon.fr</title>
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		<title>クリスマス</title>
		<link>/ja/archives/109</link>
		<pubDate>Wed, 03 Jan 2007 20:44:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[フランスのクリスマス]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nippon.fr/test/?p=109</guid>
		<description><![CDATA[パリのクリスマス 日本でもよく知られているパリシャンゼリゼ通りのクリスマスイリュミネーション。凱旋門までの２．５ｋｍ、総計１３万５千ものランプが 並木を照らし出します。 また老舗デパートの集まるオペラではクリスマス時期になると通りが買い物客でうめつくされます。カラフルで大きな買い物袋をさげて人々は帰りを急ぎます。そして、ここにあるギャラリーラファイエットのイリュミネーションは「神戸ルミナリエ」の製作でも有名なイタリアのデザイナーが手がけて います。イタリアン・バロックスタイル。ウィンドウは、フランス人アーティストのデザインするアニメの物語スタイル。サンタクロースが東風に吹かれてスカ ンジナビア半島からサントぺテルスブルグまで、プレゼントを抱えて旅をする様子が、飛び出す絵本のように８つのウィンドウを使って描かれています。こう いったクリスマスの仕掛けは約１年かけ念入りに準備され、設置にも３週間はかかるそうです（2004年現在）。 また、こちらでは町に使われるライトの色などに制限があり、外観を損なわないよう常に気を使っているそうで、目に優しく、どこか落ち着く雰囲気が漂い、冷たい空気の中、ぼんやりと浮かび出てくるようなイルミネーションで心がほっと温まります。そしてお祭り気分がどんどん高まっていきます。 シャンゼリゼ通り プランタン、ラファイエットのクリスマスデコレーション。 また、こちらの人たちにとって、クリスマスといえば家族で過ごす大事なイベント。日本で言うお正月ですね。みんながそれぞれ家族のためにプレセントを買い、この日を祝います。スーパーではクリスマス用のツリーが売られ（ほとんどがスペインで栽培されてい るそうです）、デパートではツリーのデコレーションの特別セクションが設けられます。日本ではなぜか予約までして用意するのがクリスマスケーキですが、こちらではステーキやフォアグラ、あと１３種類のデザートを食べます。 街中の通りにもツリーがこんな風に並べられています。いい香りがしてきます。 プロヴァンスのクリスマス さて、プロバンスではクリスマスツリ－だけでなくサントンという人形を飾る習慣もあります。その起源は1223年にあり、当時プロバンスの教会では3人の使徒を装ってクリスマスを祝っていたところ、1791年に教会が国の管理下に置かれ、一般の者が 教会でクリスマスを祝うのが禁じられてしまいます。そこで人々はまずパンの生地を使ってその使徒の人形を作りそれがやがて紙ででき、粘土ででき、そして現 在のような人形へと発展していきます。当初3人の使徒だけであったのが、時代の流れでいろんな職業の人物が現れます。多くの人物がキリストの生まれた場所 に集いやがて村ができるというお話だそうです。 また南仏の方では、クリスマスのお祭りが１１月４日から始まります。この日はカトリックのカレンダーでいうSaint-Barbeの日。人々は小さなお皿に苔をのせ、その中に小麦の種をまきます。２０日後そこから緑の芽が出てきます。この芽は繁栄の象徴として、*Ｃｒｅｃｈｅ（ク レシュ）の中に飾られたり、クリスマスの夜のテーブルに置かれたりします。 *Creche：幼児イエスが入れられた秣桶。あるいはクリスマスに飾られるキリスト誕生の馬小屋 の模型 左は教会の中に飾られたサントン、右はマルセイユの地下鉄の中に飾られていた13種類の食べ物。 またプロヴァンスでは、人々はクリスマスの食後のデザートに思い思いのものを用意しますが、大切な伝統習慣があります。クリスマ スの夜、そこには１３種類のデザートがなくてはなりません。それはキリストと彼の１２人の使徒を表わしています。まず、４種類のデザートとして、干しブ ドウ、アーモンド、ヘーゼルナッツ、そして乾燥させたイチジクの実が用意されます。さらにそれに付け加えて、ナツメヤシの実、胡桃の実、黒と白のヌガーと呼ばれるお菓子が準備されます。また果物は、オレンジや、日本でいうみかん、りんご、なし、そしてマスカットがテーブルに並び、また忘れてはならないのが、フルーツジャム、マルメロの実のお菓子、そしてCalissons（カリソン）と呼ばれるアーモンドでできたお菓子など。さらにさらに、La pomp（ラ　ポンプ）というオリーヴオイルを使ったパンがテーブルの上にボーンと置かれます。 La pomp（ラ・ポンプ） ヌガー くるみ、栗、アーモンドなどなど。次から次へとテーブルに並べられます。 クリスマス前後の様子としては、クリスマスイヴの朝にはサントンを売る出店が通りに並び、人々は毎年その人形のコレクションを増やしにやってきます。いろんなサイズのものがあり見て歩くだけでもクリスマス気分が高まります。夜になると教会へ向かう人の姿があちこちで見られ、子供たちがイエスへ宛てた手紙を読んだり、また近くに座っている人と握手をして「平和をまずは近隣から」と祈ったり、さ らには儀式の最後に神父からパンの一片をもらいそれを食べます。パンはイエスの肉体を象徴し、彼が人々にそれを分け与えるということを意味しています。 サントン人形を売るお店、 ヌガー屋さん。白ヌガーはやわらかく食べやすいのですが、黒ヌガーは歯のいい人向け・・・。かなり甘いですよ。 そしてこちらが、クリスマスの教会の中の様子。子ども達が衣装に着替えて登場します。 牧師さんの説教を聴き、クリスマスが何のためにあり、何をすべきなのかを教わります。クリスマスとは、お互いに分かち合い助け合うことをもう一度確認する日。だから、この日にはみんなでプレゼントを持ち寄り、交換し、分け合うことを感謝するのです。日本とクリスマスと違って、本当に神聖です。本来はこうあるべきなんだなあと。 神聖な空気のあとには、うちに戻りクリスマスの豪華な食事をとります。そして深夜１２時が来るのを上で紹介したような13種類のデザー トを食べながら待ち、その時間が来るとイエスの人形をクレシュ（馬小屋）の中心に置いて祝います。そして待ちに待ったプレゼントの交換をしてクリスマスの一 日が終わります。 メインディッシュの「桃と子羊の肉」。 フォワグラ。おいしいー。毎年、おなかが破裂しそうなくらい食べます。 カナッペ。今年も私のリクエストで。 クリスマスケーキとは呼ばず、デザートのケーキです。 暖炉の前で12時が来るのを今か今かと待ちます。そして12時。家族からこんなにたくさんのギフトをもらいました。そしてまた来年はどんなギフトにしようかと迷うのです。 （以上写真：2005/2006）]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>パリのクリスマス</strong></p>
<p>日本でもよく知られているパリシャンゼリゼ通りのクリスマスイリュミネーション。凱旋門までの２．５ｋｍ、総計１３万５千ものランプが 並木を照らし出します。</p>
<p>また老舗デパートの集まるオペラではクリスマス時期になると通りが買い物客でうめつくされます。カラフルで大きな買い物袋をさげて人々は帰りを急ぎます。そして、ここにあるギャラリーラファイエットのイリュミネーションは「神戸ルミナリエ」の製作でも有名なイタリアのデザイナーが手がけて います。イタリアン・バロックスタイル。ウィンドウは、フランス人アーティストのデザインするアニメの物語スタイル。サンタクロースが東風に吹かれてスカ ンジナビア半島からサントぺテルスブルグまで、プレゼントを抱えて旅をする様子が、飛び出す絵本のように８つのウィンドウを使って描かれています。こう いったクリスマスの仕掛けは約１年かけ念入りに準備され、設置にも３週間はかかるそうです（2004年現在）。</p>
<p>また、こちらでは町に使われるライトの色などに制限があり、外観を損なわないよう常に気を使っているそうで、目に優しく、どこか落ち着く雰囲気が漂い、冷たい空気の中、ぼんやりと浮かび出てくるようなイルミネーションで心がほっと温まります。そしてお祭り気分がどんどん高まっていきます。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/champs.js" /><br />
シャンゼリゼ通り</p>
<p><img src="../../imgs/noel/noel%20deco%202%20%28Custom%29.JPG" alt="noel" width="300" height="225" /></p>
<p><img src="../../imgs/noel/noel%20deco%203%20%28Custom%29.JPG" alt="noel" width="300" height="225" /></p>
<p><img src="../../imgs/noel/noel%20deco%201%20%28WinCE%29.JPG" alt="noel" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/noel/noel%20deco%204%20%28WinCE%29.JPG" alt="noel" width="240" height="180" /><br />
プランタン、ラファイエットのクリスマスデコレーション。</p>
<p>また、こちらの人たちにとって、クリスマスといえば家族で過ごす大事なイベント。日本で言うお正月ですね。みんながそれぞれ家族のためにプレセントを買い、この日を祝います。スーパーではクリスマス用のツリーが売られ（ほとんどがスペインで栽培されてい るそうです）、デパートではツリーのデコレーションの特別セクションが設けられます。日本ではなぜか予約までして用意するのがクリスマスケーキですが、こちらではステーキやフォアグラ、あと１３種類のデザートを食べます。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/christmas%20tree%20shop%28WinCE%29.JPG" alt="tree shop" width="240" height="180" /><br />
街中の通りにもツリーがこんな風に並べられています。いい香りがしてきます。</p>
<p><strong>プロヴァンスのクリスマス</strong></p>
<p>さて、プロバンスではクリスマスツリ－だけでなく<strong>サントン</strong>という人形を飾る習慣もあります。その起源は1223年にあり、当時プロバンスの教会では3人の使徒を装ってクリスマスを祝っていたところ、1791年に教会が国の管理下に置かれ、一般の者が 教会でクリスマスを祝うのが禁じられてしまいます。そこで人々はまずパンの生地を使ってその使徒の人形を作りそれがやがて紙ででき、粘土ででき、そして現 在のような人形へと発展していきます。当初3人の使徒だけであったのが、時代の流れでいろんな職業の人物が現れます。多くの人物がキリストの生まれた場所 に集いやがて村ができるというお話だそうです。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/santons1.js" /></p>
<p>また南仏の方では、クリスマスのお祭りが１１月４日から始まります。この日はカトリックのカレンダーでいうSaint-Barbeの日。人々は小さなお皿に苔をのせ、その中に小麦の種をまきます。２０日後そこから緑の芽が出てきます。この芽は繁栄の象徴として、*<strong>Ｃｒｅｃｈｅ（ク レシュ）</strong>の中に飾られたり、クリスマスの夜のテーブルに置かれたりします。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/santons2.js" /></p>
<p><img src="../../imgs/noel/3.js" /></p>
<p>*<strong>Creche</strong>：幼児イエスが入れられた秣桶。あるいはクリスマスに飾られるキリスト誕生の馬小屋 の模型</p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2006%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2005%20%28WinCE%29.js" /><br />
左は教会の中に飾られたサントン、右はマルセイユの地下鉄の中に飾られていた13種類の食べ物。</p>
<p>またプロヴァンスでは、人々はクリスマスの食後のデザートに思い思いのものを用意しますが、大切な伝統習慣があります。クリスマ スの夜、そこには１３種類のデザートがなくてはなりません。それはキリストと彼の１２人の使徒を表わしています。まず、４種類のデザートとして、干しブ ドウ、アーモンド、ヘーゼルナッツ、そして乾燥させたイチジクの実が用意されます。さらにそれに付け加えて、ナツメヤシの実、胡桃の実、黒と白のヌガーと呼ばれるお菓子が準備されます。また果物は、オレンジや、日本でいうみかん、りんご、なし、そしてマスカットがテーブルに並び、また忘れてはならないのが、フルーツジャム、マルメロの実のお菓子、そしてCalissons（カリソン）と呼ばれるアーモンドでできたお菓子など。さらにさらに、La pomp（ラ　ポンプ）というオリーヴオイルを使ったパンがテーブルの上にボーンと置かれます。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/Photo%20009%20%28WinCE%29.js" /><br />
La pomp（ラ・ポンプ）</p>
<p><img src="../../imgs/noel/Photo%20008%20%28WinCE%29.js" /><br />
ヌガー</p>
<p><img src="../../imgs/noel/Photo%20001%20%28WinCE%29%20%28WinCE%29%20%28Custom%29.js" /><br />
くるみ、栗、アーモンドなどなど。次から次へとテーブルに並べられます。</p>
<p>クリスマス前後の様子としては、クリスマスイヴの朝にはサントンを売る出店が通りに並び、人々は毎年その人形のコレクションを増やしにやってきます。いろんなサイズのものがあり見て歩くだけでもクリスマス気分が高まります。夜になると教会へ向かう人の姿があちこちで見られ、子供たちがイエスへ宛てた手紙を読んだり、また近くに座っている人と握手をして「平和をまずは近隣から」と祈ったり、さ らには儀式の最後に神父からパンの一片をもらいそれを食べます。パンはイエスの肉体を象徴し、彼が人々にそれを分け与えるということを意味しています。</p>
<p><img src="../../imgs/provence/20.js" /><br />
サントン人形を売るお店、</p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2010%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2009%20%28WinCE%29.js" /><br />
ヌガー屋さん。白ヌガーはやわらかく食べやすいのですが、黒ヌガーは歯のいい人向け・・・。かなり甘いですよ。</p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2030%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2041%20%28WinCE%29.js" /><br />
そしてこちらが、クリスマスの教会の中の様子。子ども達が衣装に着替えて登場します。</p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2049%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2043%20%28WinCE%29.js" /><br />
牧師さんの説教を聴き、クリスマスが何のためにあり、何をすべきなのかを教わります。クリスマスとは、お互いに分かち合い助け合うことをもう一度確認する日。だから、この日にはみんなでプレゼントを持ち寄り、交換し、分け合うことを感謝するのです。日本とクリスマスと違って、本当に神聖です。本来はこうあるべきなんだなあと。</p>
<p>神聖な空気のあとには、うちに戻りクリスマスの豪華な食事をとります。そして深夜１２時が来るのを上で紹介したような13種類のデザー トを食べながら待ち、その時間が来るとイエスの人形をクレシュ（馬小屋）の中心に置いて祝います。そして待ちに待ったプレゼントの交換をしてクリスマスの一 日が終わります。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/peach%20sauce%202.JPG" alt="main dish" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2072%20%28WinCE%29.js" /><br />
メインディッシュの「桃と子羊の肉」。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/foigras.JPG" alt="foigras" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2070%20%28WinCE%29.js" /><br />
フォワグラ。おいしいー。毎年、おなかが破裂しそうなくらい食べます。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/Photo%20014%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p><img src="../../imgs/noel/canape.JPG" alt="canape" width="240" height="180" /><br />
カナッペ。今年も私のリクエストで。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/cake.JPG" alt="cake" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2074%20%28WinCE%29.js" /><br />
クリスマスケーキとは呼ばず、デザートのケーキです。</p>
<p><img src="../../imgs/noel/gifts.JPG" alt="gifts" width="240" height="320" /></p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2068%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2058%20%28WinCE%29.js" /><br />
暖炉の前で12時が来るのを今か今かと待ちます。そして12時。家族からこんなにたくさんのギフトをもらいました。そしてまた来年はどんなギフトにしようかと迷うのです。<br />
（以上写真：2005/2006）</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>ボージョレ・ヌーボー</title>
		<link>/ja/archives/104</link>
		<pubDate>Thu, 16 Nov 2006 20:42:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[ボージョレヌーボー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nippon.fr/test/?p=104</guid>
		<description><![CDATA[ボージョレ・ヌーボーとは Beaujolaisボージョレ＝リヨン北に位置する地域の名前。 Nouveau ヌーボー＝新しい。その年ボージョレで作られた新しいワインという意味です。 フランスではボージョレ・ヌーボーといえば、あくまでその年の新ワイン。日本のような大騒ぎはしません。その辺のスーパーで3~5ユー ロです。今年も近くのモノプリというスーパーで買ってきました。これが日本に行くと数千円するんだなあなんて考えながら主人にそのことを話すと、「日本は 宣伝広告におどらされすぎだ！」と。確かに。みんなお祭り騒ぎは好きですからね。楽しむことはいいことで しょう。 でもフランス人から見ると日本人のボージョレ・ヌーボーに関連する数々のイベントは不思議に見えるそうです。またワインに本当に詳しくてうるさい人は、ボージョレ・ヌーボーがおいしいとは言えないんだそうです。主人のお父さんも家にワインセラーを持ち、昼晩ワインという人物なのですが、 ボージョレ・ヌーボーはあまりおいしくないと言って買いません。 でもテレビなどで「おいしい」「年に一度」「フランスから」「今日が解禁日」などと言われると、買いたくなってしまいますよね。消費者の心理をよくついています。 ボージョレはいまいちといって買うことのない義父。これがお父さんのワインセラー。数百本常時保存してあるらしい。もちろん工場直売で。宣伝に流されることなく自分の本当に好きなものを貫く。さすがフランス人。日本人は流されすぎ！！！。 普通の初ワインから特別なボージョレ・ヌーボーへ その年の初ワイン その年の最初に生産されたワインを飲むことは昔ながらの習慣でした。ラテン語では奴隷のためのワイン《serva potic》 と言われ、ブドウが摘み取られた後すぐに与えられたそうです。 中世では、この習慣が次のようなおもしろい理由で受け継がれました。 ・土地の所有者である地主、司教、修道長などが待ちに待ったワインを高い値段で売ることができたから。 ・またその頃はワインを保存することがまだ困難であったため。悪い質の樽にワインが入っていたため空気中の酸素と触れ、お酢に変ってしまい飲めなくなってしまうことがありました。 ワインの保存法問題は19世紀まで続きます。この期間ワインは高級品として扱われ、貯蔵品を保つために市場は厳しく規制されコントロールされていました。もしワインのストックが切れてしまうと人々の怒りが怖いですからね。 このように毎年初ワインの到来を多くの人々が待ち望み、収穫期の最後にはお祭りをして労をねぎらいました。 そしてこれらのお祭りの一つがSt-Martin（11月11日）の日に取って代わり、第一次世界大戦後まで重要なものとして存在して いました。ワイン生産者は試飲用のワインサンプルを振舞っていたようです。 ではなぜBeaujolais（ボージョレ） なのか ボージョレはフランスはリヨンの北に位置する地域を指します。 20世紀前半、収穫後のボージョレのワインはLyon（リヨン）にあるパブや食料品店の間で引っ張りだこでした。はやく一番良いワイン を手に入れよう、そして客の需要に応えようと激しい競争が繰り広げられました。 1940年代の終わりまで、そういった競争に関する特別なルールなどありませんでした。そしてボージョレにあるワイン生産者側もこの競争に勝つために必死でした。 またボージョレ・ヌーボーが他のワインと異なる理由、それは特別なブドウ、ガメイ« gamay »からできていること。この地ではほとんどガメイしか栽培されていないそうです。この品種は1935年the king Philippe le Hardiによって選定されました。現在では、世界で36,000ヘクタールのgamayが栽培されています。そのうち22,500ヘクタールがリヨンの 北、ボージョレにあります。 Gamayはワインに強い味を与えます。それも作られて早いうちに。ですから早く消費されなくてはなりません。 ボージョレ・ヌーボーの市場化 ボージョレ・ヌーボーの市場化は50年代初期に事実上始まります。 1951年9月8日： ワイン生産者がこのボージョレの名前を使いたい場合ワインを樽から出すのを12月15日まで待たなければならないというルールが作られます。 同年10月： 生産者が組合を作り、彼らのワインが品質上いち早く販売できるように請願をします。 同年11月13日： 12月前に売られるために従わなければならないルールが決められます。これがボージョレ・ヌーボーの公式的な誕生です。売上高15,000 hl。 その後15年間、ボージョレ・ヌーボーの解禁日はさまざまに変化します。それが11月15日の真夜中と決められたのは、1967年11 月15日でした。売上高220,000 hl。 1985年　： 500,000 hl分の生産販売を容易にするため、解禁日が毎年11月の第3木曜日にと決められます。 15日と決めてしまうとその年によって土曜日、日曜日に当たってしまい、ワイン解禁日に配達が間に合わなくなってしまいますからね。 また広告宣伝のおかげで、ボージョレ・ヌーボーはただ単にリヨンの名産でとどまることなく、70年代にパリへ、そしてフランス全国へと広まっていきます。さらには、60年代後半に国際市場進出にも成功。ヨーロッパから始まり、北アメリカ、1982年にオーストラリア、そして1985年には日本とイタリア、90年代には東南アジアなどへと市場を拡大してきました。 現在のボージョレ・ヌーボーは、450,000 hl、ボトルにして6千万本、50 &#8230; <a href="/ja/archives/104" class="more-link">Continue reading <span class="screen-reader-text">ボージョレ・ヌーボー</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>ボージョレ・ヌーボーとは</strong></p>
<p>Beaujolaisボージョレ＝リヨン北に位置する地域の名前。 Nouveau ヌーボー＝新しい。その年ボージョレで作られた新しいワインという意味です。</p>
<p><img src="../../imgs/beaujolais%20nouveau/PB160081%20%28WinCE%29.JPG" alt="beaujolais nouveau" width="240" height="180" /></p>
<p>フランスではボージョレ・ヌーボーといえば、あくまでその年の新ワイン。日本のような大騒ぎはしません。その辺のスーパーで3~5ユー ロです。今年も近くのモノプリというスーパーで買ってきました。これが日本に行くと数千円するんだなあなんて考えながら主人にそのことを話すと、「日本は 宣伝広告におどらされすぎだ！」と。確かに。みんなお祭り騒ぎは好きですからね。楽しむことはいいことで しょう。</p>
<p>でもフランス人から見ると日本人のボージョレ・ヌーボーに関連する数々のイベントは不思議に見えるそうです。またワインに本当に詳しくてうるさい人は、ボージョレ・ヌーボーがおいしいとは言えないんだそうです。主人のお父さんも家にワインセラーを持ち、昼晩ワインという人物なのですが、 ボージョレ・ヌーボーはあまりおいしくないと言って買いません。</p>
<p>でもテレビなどで「おいしい」「年に一度」「フランスから」「今日が解禁日」などと言われると、買いたくなってしまいますよね。消費者の心理をよくついています。</p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2021%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p>ボージョレはいまいちといって買うことのない義父。これがお父さんのワインセラー。数百本常時保存してあるらしい。もちろん工場直売で。宣伝に流されることなく自分の本当に好きなものを貫く。さすがフランス人。日本人は流されすぎ！！！。</p>
<p><strong>普通の初ワインから特別なボージョレ・ヌーボーへ</strong></p>
<p><strong>その年の初ワイン</strong></p>
<p>その年の最初に生産されたワインを飲むことは昔ながらの習慣でした。ラテン語では奴隷のためのワイン《<strong>serva potic</strong>》 と言われ、ブドウが摘み取られた後すぐに与えられたそうです。</p>
<p>中世では、この習慣が次のようなおもしろい理由で受け継がれました。</p>
<p>・土地の所有者である地主、司教、修道長などが待ちに待ったワインを高い値段で売ることができたから。</p>
<p>・またその頃はワインを保存することがまだ困難であったため。悪い質の樽にワインが入っていたため空気中の酸素と触れ、お酢に変ってしまい飲めなくなってしまうことがありました。</p>
<p>ワインの保存法問題は19世紀まで続きます。この期間ワインは高級品として扱われ、貯蔵品を保つために市場は厳しく規制されコントロールされていました。もしワインのストックが切れてしまうと人々の怒りが怖いですからね。</p>
<p>このように毎年初ワインの到来を多くの人々が待ち望み、収穫期の最後にはお祭りをして労をねぎらいました。</p>
<p>そしてこれらのお祭りの一つがSt-Martin（11月11日）の日に取って代わり、第一次世界大戦後まで重要なものとして存在して いました。ワイン生産者は試飲用のワインサンプルを振舞っていたようです。</p>
<p><strong>ではなぜ</strong><strong>Beaujolais</strong><strong>（ボージョレ） なのか</strong></p>
<p>ボージョレはフランスはリヨンの北に位置する地域を指します。</p>
<p>20世紀前半、収穫後のボージョレのワインはLyon（リヨン）にあるパブや食料品店の間で引っ張りだこでした。はやく一番良いワイン を手に入れよう、そして客の需要に応えようと激しい競争が繰り広げられました。</p>
<p>1940年代の終わりまで、そういった競争に関する特別なルールなどありませんでした。そしてボージョレにあるワイン生産者側もこの競争に勝つために必死でした。</p>
<p>またボージョレ・ヌーボーが他のワインと異なる理由、それは特別なブドウ、ガメイ« gamay »からできていること。この地ではほとんどガメイしか栽培されていないそうです。この品種は1935年the king Philippe le Hardiによって選定されました。現在では、世界で36,000ヘクタールのgamayが栽培されています。そのうち22,500ヘクタールがリヨンの 北、ボージョレにあります。</p>
<p>Gamayはワインに強い味を与えます。それも作られて早いうちに。ですから早く消費されなくてはなりません。</p>
<p><strong>ボージョレ・ヌーボーの市場化</strong></p>
<p>ボージョレ・ヌーボーの市場化は50年代初期に事実上始まります。</p>
<p>1951年9月8日：<br />
ワイン生産者がこのボージョレの名前を使いたい場合ワインを樽から出すのを12月15日まで待たなければならないというルールが作られます。</p>
<p>同年10月：<br />
生産者が組合を作り、彼らのワインが品質上いち早く販売できるように請願をします。</p>
<p>同年11月13日：<br />
12月前に売られるために従わなければならないルールが決められます。これがボージョレ・ヌーボーの公式的な誕生です。売上高15,000 hl。</p>
<p>その後15年間、ボージョレ・ヌーボーの解禁日はさまざまに変化します。それが11月15日の真夜中と決められたのは、1967年11 月15日でした。売上高220,000 hl。</p>
<p>1985年　：<br />
500,000 hl分の生産販売を容易にするため、解禁日が毎年11月の第3木曜日にと決められます。 15日と決めてしまうとその年によって土曜日、日曜日に当たってしまい、ワイン解禁日に配達が間に合わなくなってしまいますからね。</p>
<p>また広告宣伝のおかげで、ボージョレ・ヌーボーはただ単にリヨンの名産でとどまることなく、70年代にパリへ、そしてフランス全国へと広まっていきます。さらには、60年代後半に国際市場進出にも成功。ヨーロッパから始まり、北アメリカ、1982年にオーストラリア、そして1985年には日本とイタリア、90年代には東南アジアなどへと市場を拡大してきました。</p>
<p>現在のボージョレ・ヌーボーは、450,000 hl、ボトルにして6千万本、50 %が輸出、その目的地となるのが150カ国。</p>
<p>さらに詳しくは公式サイトにて　<a href="http://www.beaujolais.com/">BEAUJOLAIS</a></p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>サロン・ド・ショコラ</title>
		<link>/ja/archives/106</link>
		<pubDate>Tue, 31 Oct 2006 20:43:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[サロンドショコラ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nippon.fr/test/?p=106</guid>
		<description><![CDATA[1995年から、ここフランスはパリで毎年開かれているチョコレ－トの祭典「サロン・ド・ショコラ」。いつも大体10月の終わりにやってきます。この時期になると通りにあるお菓子屋さんのドアにポスターが貼られたり、地下鉄の中はもちろん、テレビでも一斉に宣伝が始まり、「あー、今年もそんな時期かあ」と感じてしまいます。そう、パリではチョコレートの秋がやってくるのです。 場所はメトロ12番線のPorte de Versailles。初日の会場は、土曜日ということもありものすごい数の人々でチケットを購入するまでが大変。入場料は12€。 会場内は人の熱気と、チョコレートの甘い香りでいっぱい。そして試食用のチョコレートに手を伸ばすだけで一苦労。 また、チョコレート作りのデモンストレーションも見ることができます。パティシエたちの芸術の技です。 スプーンですくって一口食べたくなってしまいました。 簡単そうに見えるんですけどね。ものすごく繊細な作業なのでしょう。 そんな芸術の技を観察しにお客さんたちが集まってきます。右は、小さなチョコレートのピースに一つ一つデザインをつけているところ。細かい。手が震えてしまいそうですね。 こちらは、チョコレートの彫刻です。 そしてここからはその芸術作品をご覧下さい。全てチョコレートでできていることをお忘れなく。 チョコレートの噴水。写真なので分かりにくいかもしれませんが、チョコレートが噴水のように湧いていて流れているんです。 本物そっくりチョコレートのチューリップ。食べるのがもったいない。 チョコレートきのこ。うーん、最終的にはどんな人が食べてしまうんだろう、とそんなことを考えてしまいました。 ここまでくると、見てるだけでおなかがいっぱいになってきます。 他にもさまざまなイベントが行われ、こちらはチョコレ－トのファッションショー。チョコレートに身を包まれたモデルさんがステージでポーズ。チョコレート にこんな情熱が注げられるなんて、さすがフランス。 いえいえ、ここにはフランスだけではありません。各国の有名なチョコレートが集まってくるのです。お隣 ベルギー、イタリア、ロシアなど、そして日本のチョコレートもこちらでは高い評価を受けているんですよ。 私たちが購入したチョコレート。 MICHEL CLUIZEL 201 rue Saint-Honore 75001 Paris FRANCE 1948年から続くフランスの有名なチョコレートブランド。とてもリッチなチョコレートです。 ホームページ Bramardi 1948年からのイタリアのチョコレートブランド。 DE NEUVILLE 17, rue des Campanules 77185 LOGNES 1883年から続くフランスの老舗チョコレートブランド。フランス各地に130件のお店を持つ。お店のアドレスはホームページに記載されています。例えば、パリ5区だと　〔70, Bd St-Germain　Hervé LAURENT 〕 ホームページ MADAME Setsuko こちらが日本を代表するチョコレート。とても繊細な味とデザインで、うちの主人もとても気に入ってしまいました。中でもこのGanache au the vert（抹茶のガナッシュチョコレート）がお気に入り。お茶と合う、日本のチョコレートです。日本も負けていません。 ホームページ オフィシャルサイト　サ ロン・ド・ショコラ]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>1995年から、ここフランスはパリで毎年開かれているチョコレ－トの祭典「サロン・ド・ショコラ」。いつも大体10月の終わりにやってきます。この時期になると通りにあるお菓子屋さんのドアにポスターが貼られたり、地下鉄の中はもちろん、テレビでも一斉に宣伝が始まり、「あー、今年もそんな時期かあ」と感じてしまいます。そう、パリではチョコレートの秋がやってくるのです。</p>
<p>場所はメトロ12番線のPorte de Versailles。初日の会場は、土曜日ということもありものすごい数の人々でチケットを購入するまでが大変。入場料は12€。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280006%20%28Custom%29.JPG" alt="salon de chocolat" width="300" height="225" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280010%20%28Custom%29.JPG" alt="chocolat" width="300" height="225" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280031%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /> <img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280018%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /><br />
会場内は人の熱気と、チョコレートの甘い香りでいっぱい。そして試食用のチョコレートに手を伸ばすだけで一苦労。</p>
<p>また、チョコレート作りのデモンストレーションも見ることができます。パティシエたちの芸術の技です。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280011%20%28Custom%29.JPG" alt="choco" width="300" height="225" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280012%20%28Custom%29.JPG" alt="choco" width="300" height="225" /><br />
スプーンですくって一口食べたくなってしまいました。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280013%20%28Custom%29.JPG" alt="choco" width="300" height="225" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280014%20%28Custom%29.JPG" alt="choco" width="300" height="225" /><br />
簡単そうに見えるんですけどね。ものすごく繊細な作業なのでしょう。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280019%20%28Custom%29.JPG" alt="choco" width="300" height="225" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280032%20%28Custom%29.JPG" alt="choco" width="300" height="225" /><br />
そんな芸術の技を観察しにお客さんたちが集まってきます。右は、小さなチョコレートのピースに一つ一つデザインをつけているところ。細かい。手が震えてしまいそうですね。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280025%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="241" height="320" /><br />
こちらは、チョコレートの彫刻です。</p>
<p>そしてここからはその芸術作品をご覧下さい。全てチョコレートでできていることをお忘れなく。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280027%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="241" height="320" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280034%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="241" height="320" /><br />
チョコレートの噴水。写真なので分かりにくいかもしれませんが、チョコレートが噴水のように湧いていて流れているんです。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280035%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280036%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /><br />
本物そっくりチョコレートのチューリップ。食べるのがもったいない。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280037%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280038%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280039%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="241" height="320" /><br />
チョコレートきのこ。うーん、最終的にはどんな人が食べてしまうんだろう、とそんなことを考えてしまいました。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280042%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280043%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280045%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280046%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280047%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p>ここまでくると、見てるだけでおなかがいっぱいになってきます。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280048%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA280050%20%28Custom%29%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /><br />
他にもさまざまなイベントが行われ、こちらはチョコレ－トのファッションショー。チョコレートに身を包まれたモデルさんがステージでポーズ。チョコレート にこんな情熱が注げられるなんて、さすがフランス。</p>
<p>いえいえ、ここにはフランスだけではありません。各国の有名なチョコレートが集まってくるのです。お隣 ベルギー、イタリア、ロシアなど、そして日本のチョコレートもこちらでは高い評価を受けているんですよ。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA300005%20%28Custom%29.JPG" alt="choco" width="300" height="225" /><br />
私たちが購入したチョコレート。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA310010%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /><br />
<strong>MICHEL CLUIZEL</strong> 201 rue Saint-Honore 75001 Paris FRANCE<br />
1948年から続くフランスの有名なチョコレートブランド。とてもリッチなチョコレートです。<br />
<a href="http://www.cluizel.com/">ホームページ</a></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA310011%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /><br />
<strong>Bramardi</strong> 1948年からのイタリアのチョコレートブランド。</p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA310012%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /><br />
<strong>DE NEUVILLE</strong> 17, rue des Campanules 77185 LOGNES<br />
1883年から続くフランスの老舗チョコレートブランド。フランス各地に130件のお店を持つ。お店のアドレスはホームページに記載されています。例えば、パリ5区だと　〔70, Bd St-Germain　Hervé LAURENT 〕<br />
<a href="http://www.deneuville.fr/">ホームページ </a></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA310005%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/salon%20de%20chocolat/PA310006%20%28WinCE%29.JPG" alt="choco" width="240" height="180" /><br />
<strong>MADAME Setsuko</strong> こちらが日本を代表するチョコレート。とても繊細な味とデザインで、うちの主人もとても気に入ってしまいました。中でもこのGanache au the vert（抹茶のガナッシュチョコレート）がお気に入り。お茶と合う、日本のチョコレートです。日本も負けていません。<br />
<a href="http://www.setsuko.co.js">ホームページ</a></p>
<p>オフィシャルサイト　<a href="http://www.chocoland.com/home.php?titre=1&amp;id_code=3&amp;cat=1">サ ロン・ド・ショコラ</a></p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>フランス革命記念日</title>
		<link>/ja/archives/98</link>
		<pubDate>Mon, 17 Jul 2006 20:38:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[フランス革命記念日]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nippon.fr/test/?p=98</guid>
		<description><![CDATA[7月14日はフランス革命記念日。フランスでは人々は早くもヴァカンス気分に、この祝日をお祝いします。 7月13日には前夜祭としてパリ郊外の各地で花火が上がり、パリ市内（16区）８階にある私たちのアパートからは、合計８箇所の方向で花火が見えます。西側のベランダからは、近くにあるスタジアム（ポルトサンクルー辺り）で花火が上がり、また東側のベランダからはサクレクルー方面、ヴァ ンセンヌ方面など計５箇所の花火が楽しめます。遮るものがないので、少し遠くても、きれいに見えます。 そして７月１４日は、いよいよ本番。朝は、１０時からシャンゼリゼ通りでパレードが行われます。正確に言うと、１０時からは大 統領のスピーチや国歌の演奏などがコンコルド広場で行われ、その後１０時半くらいから、空軍の飛行機がフランス国旗の三色の模様を空に描き、パレードがス タートします。 シャンゼリゼ通りの真上をものすごい速さで飛んでいきます。最初のシャっターは速さの感覚がつかめずタイミングよく押せませんでした。 残念ながら飛行機が写っていません。自分の目ではしっかり見えていたのですが・・・。頭上をものすごい音を立てて飛んでいきます。 ちょうどシャンゼリゼ通りは、ルイヴィトン近くで見ていました。 そしてパレードのスタートです。パレードにはいろんな部隊が参加しており、シャンゼリゼ通りにつながる各通りからコンコルド広場へ向 かって出発するため、凱旋門近くにいると、見れない部隊があるので注意。私たちのいたルイヴィトン辺りも見れない部分が結構ありました。 また、この日の場所取りも一苦労です。昔は１０時のイベントに朝５時から場所取りをしたものだと話しているフランス人女性もいました。 現在はそこまではいかなくとも、１０時にはもう通りは人の山です。みんな後ろの方にいる人たちは爪先立ち状態で見ています。ラッキーな人々というのは、シャ ンゼリゼ通りにオフィスなどがある人たち。ビルの屋上に集まって最高の場所を確保。また、この日メトロはシャンゼリゼ通り辺りは止まりません。シャンゼリゼ通りにつながるいくつかの通りも通行がブロックされるので気をつけてください。 毎年、戦車やタンカーなどの重い乗り物がパレードで走るので、道路へのダメージが結構あるそうです。すごい振動で走っていきます。 そして１４日夜１０時半。パリ市内で花火が上がります。２００５年はエッフェルタワーそのものが花火の一部になっていてものすごい迫力でしたが、２００６年のものはエッフェル塔から少し離れたところで行われました。ちょっと寂しかったかな。毎年花火の位置が微妙に違ったり演出も違います。エッフェル塔近辺、トロカデロ辺りは人だかりでかなり混雑するので注意。 またこの革命記念日の日、大統領から数人の囚人に恩赦が与えられることでも知られています。この慣習は政府内外から非難を受けており、 おそらく２００６年度で最後になるだろうと言われています。 【フランス革命とは】 １７８９年７月１４日パリ市民がバスチーユの牢獄を攻撃し中にいた囚人を解放。市民階級の国民議会が実験を握り、国王ルイ１６世とマリー・アントワネット が処刑されます。ロベスピエールの恐怖政治が開始されますが、テルミドールの反動で倒れ、ナポレオンが登場。そのナポレオンもやがてロシア遠征に失敗してから失脚。ルイ１８世が王政復古をして革命に終止符がうたれます。また特出すべき項目として、フランス革命ではメートル法が生み出され、またこの時期ロゼッタ石が発見されエジプト古代史が注目し始めます。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>7月14日はフランス革命記念日。フランスでは人々は早くもヴァカンス気分に、この祝日をお祝いします。</p>
<p>7月13日には前夜祭としてパリ郊外の各地で花火が上がり、パリ市内（16区）８階にある私たちのアパートからは、合計８箇所の方向で花火が見えます。西側のベランダからは、近くにあるスタジアム（ポルトサンクルー辺り）で花火が上がり、また東側のベランダからはサクレクルー方面、ヴァ ンセンヌ方面など計５箇所の花火が楽しめます。遮るものがないので、少し遠くても、きれいに見えます。</p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7130026%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7130025%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /><!--ｐ--></p>
<p>そして７月１４日は、いよいよ本番。朝は、１０時からシャンゼリゼ通りでパレードが行われます。正確に言うと、１０時からは大 統領のスピーチや国歌の演奏などがコンコルド広場で行われ、その後１０時半くらいから、空軍の飛行機がフランス国旗の三色の模様を空に描き、パレードがス タートします。</p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140038%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p>シャンゼリゼ通りの真上をものすごい速さで飛んでいきます。最初のシャっターは速さの感覚がつかめずタイミングよく押せませんでした。 残念ながら飛行機が写っていません。自分の目ではしっかり見えていたのですが・・・。頭上をものすごい音を立てて飛んでいきます。</p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140041%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140048%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p>ちょうどシャンゼリゼ通りは、ルイヴィトン近くで見ていました。</p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140052%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140056%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p>そしてパレードのスタートです。パレードにはいろんな部隊が参加しており、シャンゼリゼ通りにつながる各通りからコンコルド広場へ向 かって出発するため、凱旋門近くにいると、見れない部隊があるので注意。私たちのいたルイヴィトン辺りも見れない部分が結構ありました。</p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140058%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="190" height="236" /></p>
<p>また、この日の場所取りも一苦労です。昔は１０時のイベントに朝５時から場所取りをしたものだと話しているフランス人女性もいました。 現在はそこまではいかなくとも、１０時にはもう通りは人の山です。みんな後ろの方にいる人たちは爪先立ち状態で見ています。ラッキーな人々というのは、シャ ンゼリゼ通りにオフィスなどがある人たち。ビルの屋上に集まって最高の場所を確保。また、この日メトロはシャンゼリゼ通り辺りは止まりません。シャンゼリゼ通りにつながるいくつかの通りも通行がブロックされるので気をつけてください。</p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140064%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140101%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140089%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140090%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p>毎年、戦車やタンカーなどの重い乗り物がパレードで走るので、道路へのダメージが結構あるそうです。すごい振動で走っていきます。</p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140007%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Revolution%20Day/P7140028%20%28WinCE%29.JPG" alt="revolution" width="240" height="180" /></p>
<p>そして１４日夜１０時半。パリ市内で花火が上がります。２００５年はエッフェルタワーそのものが花火の一部になっていてものすごい迫力でしたが、２００６年のものはエッフェル塔から少し離れたところで行われました。ちょっと寂しかったかな。毎年花火の位置が微妙に違ったり演出も違います。エッフェル塔近辺、トロカデロ辺りは人だかりでかなり混雑するので注意。</p>
<p>またこの革命記念日の日、大統領から数人の囚人に恩赦が与えられることでも知られています。この慣習は政府内外から非難を受けており、 おそらく２００６年度で最後になるだろうと言われています。</p>
<p>【フランス革命とは】<br />
１７８９年７月１４日パリ市民がバスチーユの牢獄を攻撃し中にいた囚人を解放。市民階級の国民議会が実験を握り、国王ルイ１６世とマリー・アントワネット が処刑されます。ロベスピエールの恐怖政治が開始されますが、テルミドールの反動で倒れ、ナポレオンが登場。そのナポレオンもやがてロシア遠征に失敗してから失脚。ルイ１８世が王政復古をして革命に終止符がうたれます。また特出すべき項目として、フランス革命ではメートル法が生み出され、またこの時期ロゼッタ石が発見されエジプト古代史が注目し始めます。</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>ヴァレンタインデー</title>
		<link>/ja/archives/112</link>
		<pubDate>Sun, 23 May 2004 20:46:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[フランスヴァレンタインデー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nippon.fr/test/?p=112</guid>
		<description><![CDATA[ヴァレンタインデーの歴史 ３世紀のローマ時代、皇帝Claudius(クローディアス)は、強力な軍隊をつくるため、多くの男性が入隊してくることを期待してい ました。しかしその思いとは逆に、男たちは戦争で戦うことを拒み、また彼らの妻や家族を後に残したくないと願っていました。そこで皇帝は、もし男たちが結婚をしなければ、家族のことを心配する必要がなくなり軍隊に参加するであろうと考えました。そして全ての結婚を禁じてしまいました。 しかし、当時、ローマで司祭をしていたValentine(ヴァレンタイン)は、この新しい法律に反対で、それ以降も多くのカップルを 教会で結婚させていました。 ある日のこと、結婚式を行っている最中、ヴァレンタインは軍隊に見つかり捕らえられてしまいます。彼は牢獄に入れられ、死刑を宣告されます。 そんな中、思ってもみないことが起こりました。多くの人々がヴァレンタインを励ますためにこの牢獄を訪れたのです。人々は花や励ましのメッセージを窓に向かってなげ、彼らが、ヴァレンタインのように愛を信じているということを伝えたのです。 その訪問者の中の一人に、ある少女がいました。彼女は牢獄看守の娘で、ヴァレンタインのいる部屋まで行くことを許されていました。彼女 はヴァレンタインを励まし、またヴァレンタインが皇帝を無視し結婚行事をとり進めたことを正しいことだったと賛成してくれました。そして死刑が実行される その日に、ヴァレンタインはその少女に感謝のメッセージを残しました。そして、そこには、&#8221;Love from your Valentine&#8221;　とサインがしてあったのです。 これがヴァレンタインの日に愛の告白をするようになった習慣の始まりだったのです。このメッセージは、紀元前２６９年２月４日に書かれ ています。 司祭ヴァレンタイン ヴァレンタイン教会 日本のヴァレンタインデー 昭和１１年頃、戦前にモロゾフというお菓子屋さんが最初に日本でヴァレンタインデーの広告を出したそうです。しかし、その後戦争をむかえ、その定着にはいたりませんでした。 昭和３０年には、デパートで、単に恋人が贈り物をする日として宣伝を開始しましたが、それでもまだに日本の習慣にまではなりませんでした。そして、昭和３３年になり、あるチョコレート会社の営業主任がヨーロッパの知人からヴァレンタインの話を聞き，新宿伊勢丹でキャン ペーンを試みました。しかし、これも最初の年はたったチョコレート５個、１７０円分の売り上げにしかならなかったそうです。 結局、このヴァレンタインデー という習慣が日本に定着するのは、昭和５０年まで待たなけらばなりませんでした。そして現在義理チョコから本命チョコまで、なんと８割の女性が３人以上の男性にチョコレートを贈っているそうです。そして２０代独身女性の６割が、６人以上に贈り、全世代では平均４~５人に贈っている計算になるそうです。 フランスのヴァレンタインデー 一方フランスでは、どちらかというと日本の逆で、男性が女性に花やメッセージカードなどの贈り物をするそうです。また、その代表的な花 といえば、バラが一番好まれるようです。また、最近では、携帯でヴァレンタインデーのメッ セージや写真を送るサービスなどが新しくその文化に取り込まれています。一枚の紙切れがここまで進歩したなんて、きっとヴァレンタインもビックリしていることでしょう。 そして、ヴァレンタインデーの日には、カップルはデートをして、男性が雰囲気のいいレストランに女性を招待するというのが一般的だそうで す。ですから、日本とは男女の立場が全く異なります。こちらの人にはまず、日本ではどうして女性が贈り物をするのかが不思議に感じられるそうです。そし て、日本のように告白の日というよりは、カップルの日であり、本命や、義理チョコという存在が不思議に感じられるのも当然です。もちろんフランスにも、日本人と同じようにこの日を告白の日として利用する人もいるそうですが、なぜチョコレートが必要なのかということも不思議でしょうね。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>ヴァレンタインデーの歴史</strong></p>
<p>３世紀のローマ時代、皇帝Claudius(クローディアス)は、強力な軍隊をつくるため、多くの男性が入隊してくることを期待してい ました。しかしその思いとは逆に、男たちは戦争で戦うことを拒み、また彼らの妻や家族を後に残したくないと願っていました。そこで皇帝は、もし男たちが結婚をしなければ、家族のことを心配する必要がなくなり軍隊に参加するであろうと考えました。そして全ての結婚を禁じてしまいました。</p>
<p>しかし、当時、ローマで司祭をしていたValentine(ヴァレンタイン)は、この新しい法律に反対で、それ以降も多くのカップルを 教会で結婚させていました。</p>
<p>ある日のこと、結婚式を行っている最中、ヴァレンタインは軍隊に見つかり捕らえられてしまいます。彼は牢獄に入れられ、死刑を宣告されます。</p>
<p>そんな中、思ってもみないことが起こりました。多くの人々がヴァレンタインを励ますためにこの牢獄を訪れたのです。人々は花や励ましのメッセージを窓に向かってなげ、彼らが、ヴァレンタインのように愛を信じているということを伝えたのです。</p>
<p>その訪問者の中の一人に、ある少女がいました。彼女は牢獄看守の娘で、ヴァレンタインのいる部屋まで行くことを許されていました。彼女 はヴァレンタインを励まし、またヴァレンタインが皇帝を無視し結婚行事をとり進めたことを正しいことだったと賛成してくれました。そして死刑が実行される その日に、ヴァレンタインはその少女に感謝のメッセージを残しました。そして、そこには、&#8221;Love from your Valentine&#8221;　とサインがしてあったのです。</p>
<p>これがヴァレンタインの日に愛の告白をするようになった習慣の始まりだったのです。このメッセージは、紀元前２６９年２月４日に書かれ ています。</p>
<p><img src="../../imgs/valentin/valentineJ.js" /><br />
<strong>司祭ヴァレンタイン </strong></p>
<p><strong> <img src="../../imgs/valentin/valentineJ2.js" /><br />
ヴァレンタイン教会 </strong></p>
<p><strong>日本のヴァレンタインデー</strong></p>
<p>昭和１１年頃、戦前にモロゾフというお菓子屋さんが最初に日本でヴァレンタインデーの広告を出したそうです。しかし、その後戦争をむかえ、その定着にはいたりませんでした。</p>
<p>昭和３０年には、デパートで、単に恋人が贈り物をする日として宣伝を開始しましたが、それでもまだに日本の習慣にまではなりませんでした。そして、昭和３３年になり、あるチョコレート会社の営業主任がヨーロッパの知人からヴァレンタインの話を聞き，新宿伊勢丹でキャン ペーンを試みました。しかし、これも最初の年はたったチョコレート５個、１７０円分の売り上げにしかならなかったそうです。</p>
<p>結局、このヴァレンタインデー という習慣が日本に定着するのは、昭和５０年まで待たなけらばなりませんでした。そして現在義理チョコから本命チョコまで、なんと８割の女性が３人以上の男性にチョコレートを贈っているそうです。そして２０代独身女性の６割が、６人以上に贈り、全世代では平均４~５人に贈っている計算になるそうです。</p>
<p><img src="../../imgs/valentin/choco.js" /></p>
<p><strong>フランスのヴァレンタインデー</strong></p>
<p>一方フランスでは、どちらかというと日本の逆で、男性が女性に花やメッセージカードなどの贈り物をするそうです。また、その代表的な花 といえば、バラが一番好まれるようです。また、最近では、携帯でヴァレンタインデーのメッ セージや写真を送るサービスなどが新しくその文化に取り込まれています。一枚の紙切れがここまで進歩したなんて、きっとヴァレンタインもビックリしていることでしょう。</p>
<p>そして、ヴァレンタインデーの日には、カップルはデートをして、男性が雰囲気のいいレストランに女性を招待するというのが一般的だそうで す。ですから、日本とは男女の立場が全く異なります。こちらの人にはまず、日本ではどうして女性が贈り物をするのかが不思議に感じられるそうです。そし て、日本のように告白の日というよりは、カップルの日であり、本命や、義理チョコという存在が不思議に感じられるのも当然です。もちろんフランスにも、日本人と同じようにこの日を告白の日として利用する人もいるそうですが、なぜチョコレートが必要なのかということも不思議でしょうね。</p>
<p><img src="../../imgs/valentin/valentineJ3.js" /></p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>クレープの日</title>
		<link>/ja/archives/110</link>
		<pubDate>Sun, 23 May 2004 20:45:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[フランスクレープの日]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nippon.fr/test/?p=110</guid>
		<description><![CDATA[Chandeleur(シャンドゥルール） ２月といえば、世界中でヴァレンタインという言葉が飛び交うことでしょう。フランスでも例外ではありません。しかし、ここではもう一つユニークなイベントをご紹介します。２月２日に行われるChandeleurという日をご存知でしょうか。この言葉はChandelle(シャンデル)、 英語で言うcandle（キャンドル）からきています。もともと光を祝う行事で、それを通して繁栄や豊作などを祈る慣わしがあるそうです。 この習慣の起源はローマ時代にあり、当時は２月１５日頃、ちょうど鳥たちの繁殖期にあたる季節にちなんで、繁栄を祝ったそうです。このお祝いをLupercalia（ルペルカリア）と言います。 さらに、ケルト人は冬の寒い暗黒の世界を恐れ２月１日に清めた水で繁栄豊作を祈りました。 また、カトリックの世界ではこんなお話があります。１２月２５日にイエスが誕生してから４０日後にあたる２月２日に、聖母マリアは教会 にてお清めを受けます。これはユダヤ教における慣わしで、この日を大いに祝ったそうです。 さて、ローマ時代が終わり、教皇はそれまで祝っていたLupercaliaの祭りをさらに神聖なものにし、キリスト教の繁栄を図りまし た。民衆とともに祝えるイベントを作るため、聖母マリアの話でよく知られていた２月２日に祝うようになり、そこで人々はこの日、松明（光）をかかげて教会 に集まってきたということです。そしてその松明がキャンドルに代わり教会の中におかれ始めました。またそのキャンドルの光は死や悪魔をはねつける力があると信じられるようになり、シンボルとして使われるようになります。人々はそれをうちに持ち帰り魔よけとしても使ったそうです。 現在では、どこの教会でもキャンドルを目にしますが、キリストは世界の光、太陽のような存在であると信仰されているからだそうです。 そこでクレープの話につながります。なぜこの日がクレープの日なのか、そこにはさまざまな説があります。まず最初に春を待ち望むケルト人が太陽の形をしたクレープを祭りに使ったという説。次に、教皇がローマにやってきたピルグリムにクレープを食べさせてあげたという説。さらには、ブル ターニュ地方でこの時期に、ちょうど余った穀物を処分するためクレープを作るようになったとか。 . また面白い迷信があり、この日クレープを焼くとき、左手にコインを握り、右手で高くクレープを放り投げうまくフライパンで受け止められれば幸運が訪れるということです。 . こぼれ話 かの有名なナポレオンは、このクレープ占いにはまっていたらしい。そ して、1812 年2月2日、このクレープ占いに挑戦し、5枚目に失敗してしまったそうだ。その年、彼はモスクワ遠征に失敗し、退却する際「余の5枚目のクレープだ」と呟 いたそうである。（Wikipediaより)]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>Chandeleur(シャンドゥルール）</strong></p>
<p>２月といえば、世界中でヴァレンタインという言葉が飛び交うことでしょう。フランスでも例外ではありません。しかし、ここではもう一つユニークなイベントをご紹介します。２月２日に行われるChandeleurという日をご存知でしょうか。この言葉はChandelle(シャンデル)、 英語で言うcandle（キャンドル）からきています。もともと光を祝う行事で、それを通して繁栄や豊作などを祈る慣わしがあるそうです。</p>
<p>この習慣の起源はローマ時代にあり、当時は２月１５日頃、ちょうど鳥たちの繁殖期にあたる季節にちなんで、繁栄を祝ったそうです。このお祝いをLupercalia（ルペルカリア）と言います。</p>
<p>さらに、ケルト人は冬の寒い暗黒の世界を恐れ２月１日に清めた水で繁栄豊作を祈りました。</p>
<p>また、カトリックの世界ではこんなお話があります。１２月２５日にイエスが誕生してから４０日後にあたる２月２日に、聖母マリアは教会 にてお清めを受けます。これはユダヤ教における慣わしで、この日を大いに祝ったそうです。</p>
<p>さて、ローマ時代が終わり、教皇はそれまで祝っていたLupercaliaの祭りをさらに神聖なものにし、キリスト教の繁栄を図りまし た。民衆とともに祝えるイベントを作るため、聖母マリアの話でよく知られていた２月２日に祝うようになり、そこで人々はこの日、松明（光）をかかげて教会 に集まってきたということです。そしてその松明がキャンドルに代わり教会の中におかれ始めました。またそのキャンドルの光は死や悪魔をはねつける力があると信じられるようになり、シンボルとして使われるようになります。人々はそれをうちに持ち帰り魔よけとしても使ったそうです。</p>
<p>現在では、どこの教会でもキャンドルを目にしますが、キリストは世界の光、太陽のような存在であると信仰されているからだそうです。</p>
<p>そこでクレープの話につながります。なぜこの日がクレープの日なのか、そこにはさまざまな説があります。まず最初に春を待ち望むケルト人が太陽の形をしたクレープを祭りに使ったという説。次に、教皇がローマにやってきたピルグリムにクレープを食べさせてあげたという説。さらには、ブル ターニュ地方でこの時期に、ちょうど余った穀物を処分するためクレープを作るようになったとか。</p>
<p><img src="../../imgs/crepes/chandeleur2.js" /></p>
<p>また面白い迷信があり、この日クレープを焼くとき、左手にコインを握り、右手で高くクレープを放り投げうまくフライパンで受け止められれば幸運が訪れるということです。</p>
<p><img src="../../imgs/crepes/recett03.js" /></p>
<p>こぼれ話</p>
<p>かの有名なナポレオンは、このクレープ占いにはまっていたらしい。そ  して、1812   年2月2日、このクレープ占いに挑戦し、5枚目に失敗してしまったそうだ。その年、彼はモスクワ遠征に失敗し、退却する際「余の5枚目のクレープだ」と呟 いたそうである。（Wikipediaより)</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>フランスのエイプリルフール</title>
		<link>/ja/archives/102</link>
		<pubDate>Sun, 23 May 2004 20:40:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[フランスのエイプリルフール]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nippon.fr/test/?p=102</guid>
		<description><![CDATA[フランス語でエイプリールフールは、ポワッソンダヴリール（Poisson d&#8217;avril）といいます。ポワッソン（poisson ）とは「魚」という意味で、アヴリル（avril）とは「4月」という意味です。ですから「4月の魚」と訳されます。この日（4月１日）には子供たちは紙に魚の絵をかき、その絵を切り取ったものを人の背中にこっそりと貼り付けます。そしてその人がその絵にきずくとみんなで笑ってからかいます。 この起源は明らかにはされていませんが、いくつかの仮説があります。 まず一つ目は新年に関する話から。1564年以前フランスでは5月24日あるいは4月1日日に新年を祝っていました。人々はこの日には贈り物をしたりしてすごしてきました。しかしながら当時のフランス王シャルル9世は新年を1月1日することを法律で決めると、人々は今までなれ親しんでき た習慣が変わってしまってどうしていいかわからなくなってしまいました。そこでその古い習慣を残すため4月1日にも何かギフトを渡し続けようという考えが 生まれてきたのではないかという案です。 二つ目は、魚そのものに関することから。この4月の時期というのは魚の産卵期になり魚を取ることが禁止されていたそうです。それをジョー クにして人々は取れないはずの魚を絵に描いてこの習慣が始まったのではないかという仮定。 三つ目は、この時期に見られる月の位置がうお座になることからきているという説。 そして最後に、キリスト教ではこの時期が断食の期間に当たって、人々は魚くらいしか食べられなかったことから、魚を送りあうことがいい ことだと考えられていたそうです。 このような習慣はヨーロッパの国々において呼び名は異なっていても存在しています。いずれにせよこの日にはジョークを言って人をから かってもＯＫという習慣は世界中に伝わっていそうです。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong> </strong></p>
<p><img src="../../imgs/poisson_avril/poisson4.gif" alt="swimmingfish" width="135" height="150" /></p>
<p>フランス語でエイプリールフールは、<strong>ポワッソンダヴリール（Poisson         d&#8217;avril）</strong>といいます。ポワッソン（poisson  ）とは「魚」という意味で、アヴリル（avril）とは「4月」という意味です。ですから「4月の魚」と訳されます。この日（4月１日）には子供たちは紙に魚の絵をかき、その絵を切り取ったものを人の背中にこっそりと貼り付けます。そしてその人がその絵にきずくとみんなで笑ってからかいます。</p>
<p>この起源は明らかにはされていませんが、いくつかの仮説があります。</p>
<p>まず一つ目は新年に関する話から。1564年以前フランスでは5月24日あるいは4月1日日に新年を祝っていました。人々はこの日には贈り物をしたりしてすごしてきました。しかしながら当時のフランス王シャルル9世は新年を1月1日することを法律で決めると、人々は今までなれ親しんでき た習慣が変わってしまってどうしていいかわからなくなってしまいました。そこでその古い習慣を残すため4月1日にも何かギフトを渡し続けようという考えが 生まれてきたのではないかという案です。</p>
<p>二つ目は、魚そのものに関することから。この4月の時期というのは魚の産卵期になり魚を取ることが禁止されていたそうです。それをジョー クにして人々は取れないはずの魚を絵に描いてこの習慣が始まったのではないかという仮定。</p>
<p>三つ目は、この時期に見られる月の位置がうお座になることからきているという説。</p>
<p>そして最後に、キリスト教ではこの時期が断食の期間に当たって、人々は魚くらいしか食べられなかったことから、魚を送りあうことがいい ことだと考えられていたそうです。</p>
<p>このような習慣はヨーロッパの国々において呼び名は異なっていても存在しています。いずれにせよこの日にはジョークを言って人をから かってもＯＫという習慣は世界中に伝わっていそうです。</p>
<p><img src="../../imgs/poisson_avril/poisson2.gif" alt="craftfish" width="395" height="473" /></p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>フランスのイースターホリデー</title>
		<link>/ja/archives/100</link>
		<pubDate>Sun, 23 May 2004 20:39:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[フランスのイースター]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nippon.fr/test/?p=100</guid>
		<description><![CDATA[パック　 Paques フランスのイースターホリデーはパック（Paques)と呼ばれます。おそらく日本人には聞きなれない言葉だと思いますが、こちらでは 春を告げるお祭りでもありとても大きなイベントになっています。 英語のイースターもしくはフランス語のパックは、日本語では復活祭と訳され、文字通りキリストが復活するという意味から来ています。キ リスト教の国々では、神の息子イエスキリストが復活した日としてこの日を祝いますが、さまざまな習慣や伝説があり、またそれらは時にキリスト教徒は関係の ない場合もあります。 ８世紀の学者によってすでに考えられていたこの祝日のルーツをもとに、学者たちはイースターという名が北欧の&#8221;Ostra&#8221;、 &#8220;Ostern&#8221;あるいは &#8220;Eastre&#8221;から来ていると信じています。これらの単語は全て春分の日の祭りを表す神話の神々を示しています。 一方フランス語のパックPaquesはパッセージpassage（通行、通過、通路）という単語からきています。人々はこのパックの始まる前の日の土曜日に祝いの準備をし始めるのですが、土曜、日曜が一連の祭りとしてつながることからこの名前が付けられました。 このお祭りはさらにユダヤ人のパスオーヴァーPassoverというお祭りとの関係を強調する形でさまざまな伝統を体現しています。このPassoverというお祭りはユダヤ人がエジプトでの奴隷から脱し自由を手に入れたという歴史的な事実を記念し祝うものです。初期キリスト教徒は、多くがユダヤの起源を持ち、ヘブライ文化において育てられため、このパックをパスオーヴァー祭りとみなしました。 パックは春分の日に続く最初の日曜日に西欧諸国の教会によって決められます。そのため毎年その祝日は変化し、早くて３月２２日また遅く て４月の２５日に行われることになります。しかし古い伝統の強い東の国々では Passover祭の日に従ってパックを祝うことが多いそうです。 またこのパックという祭りはこの日の前日まで続くキリスト教の４０日間の断食の終わりにあたり、パック当日は豪華な食事を取ります。 パックのシンボル 繁栄の象徴であるうさぎや、春の太陽の光を象徴するカフルな色で塗られた卵などが使われることで有名です。 まず卵はその繁栄と新しい生命を象徴するのに何世紀もの間パックの日に欠かせないアイテムとなっています。もともとこれらの卵はカラフルに色づけされギフトやゲームの道具などとして使われてきました。その後、きれいに飾られるようになった卵はヴァレンタイン デーのように恋人たちによって交換されるようになり、さらに中世ではこのパックの日に召使などにも与えられたということです。ちなみにドイツでは他のギフトと共に子供たちに送られたそうです。 このように文化によってさまざまな種類の卵が生まれました。赤く塗られた卵はキリストの血を象徴しギリシャで交換され、またド イツ、オアーストリアではホーリーサーズデーHoly Thursdayといって神聖な木曜日に交換されます。オーストリアの卵はある植物を使ってデコレーションンがされるそうです。 . 一方ウサギは一番繁殖力がある動物として知られており、春の新しい生命誕生の象徴として使われてきました。もともとの起源のルーツはド イツにあるそうで、１５００年の書物に記されています。最初の食べられるウサギの形をしたお菓子は１８００年初期につくられました。 フランスでのパックの日 さて実際この日にはどんなことをするのかというと、人々は教会へ行きキリストの復活を祝うセレモニーに出席します。またパックの前後は連休となっているので旅行など遊びに出かける人々も多いです。 一方教会の外に出ると、ケーキ屋さんやスーパーなどで売られている色とりどりの卵やウサギの形をしたチョコレートが目に入ってきます。中にはほぼ等身大ニワトリのチョコレートなど凝ったデザインのものもたくさんあります。 Rameaux (Olivier)　オリーヴ イエスキリストが初めてエルサレムにたどり着いたとき、多くの人々が歓迎するために彼を待っていました。そしてパームツリーの枝を振り かざして彼を迎えたのです。また到着後イエスはこのパームツリーの葉で歩きやすくされた道を進んでいきました。 この出来事を受け継ぐため今でもこのパックのイベントには、パームツリーの代わりにオリ－ヴの枝を使っています。そして教会のイベントに参加した 後、枝を一つずつもらって帰ります。 上記に書いたイエスの話と重ねて、このオリーヴの葉は一年中緑を保つことから、永遠の生命を象徴するとされ、家において魔よけに使われます。 今年も家にちゃんと置いてあります。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>パック　 Paques</strong></p>
<p>フランスのイースターホリデーはパック（Paques)と呼ばれます。おそらく日本人には聞きなれない言葉だと思いますが、こちらでは 春を告げるお祭りでもありとても大きなイベントになっています。</p>
<p>英語のイースターもしくはフランス語のパックは、日本語では復活祭と訳され、文字通りキリストが復活するという意味から来ています。キ リスト教の国々では、神の息子イエスキリストが復活した日としてこの日を祝いますが、さまざまな習慣や伝説があり、またそれらは時にキリスト教徒は関係の ない場合もあります。</p>
<p>８世紀の学者によってすでに考えられていたこの祝日のルーツをもとに、学者たちはイースターという名が北欧の&#8221;Ostra&#8221;、 &#8220;Ostern&#8221;あるいは &#8220;Eastre&#8221;から来ていると信じています。これらの単語は全て春分の日の祭りを表す神話の神々を示しています。</p>
<p>一方フランス語のパックPaquesはパッセージpassage（通行、通過、通路）という単語からきています。人々はこのパックの始まる前の日の土曜日に祝いの準備をし始めるのですが、土曜、日曜が一連の祭りとしてつながることからこの名前が付けられました。</p>
<p>このお祭りはさらにユダヤ人のパスオーヴァーPassoverというお祭りとの関係を強調する形でさまざまな伝統を体現しています。このPassoverというお祭りはユダヤ人がエジプトでの奴隷から脱し自由を手に入れたという歴史的な事実を記念し祝うものです。初期キリスト教徒は、多くがユダヤの起源を持ち、ヘブライ文化において育てられため、このパックをパスオーヴァー祭りとみなしました。</p>
<p>パックは春分の日に続く最初の日曜日に西欧諸国の教会によって決められます。そのため毎年その祝日は変化し、早くて３月２２日また遅く て４月の２５日に行われることになります。しかし古い伝統の強い東の国々では Passover祭の日に従ってパックを祝うことが多いそうです。</p>
<p>またこのパックという祭りはこの日の前日まで続くキリスト教の４０日間の断食の終わりにあたり、パック当日は豪華な食事を取ります。</p>
<p><strong>パックのシンボル</strong></p>
<p>繁栄の象徴であるうさぎや、春の太陽の光を象徴するカフルな色で塗られた卵などが使われることで有名です。</p>
<p>まず卵はその繁栄と新しい生命を象徴するのに何世紀もの間パックの日に欠かせないアイテムとなっています。もともとこれらの卵はカラフルに色づけされギフトやゲームの道具などとして使われてきました。その後、きれいに飾られるようになった卵はヴァレンタイン デーのように恋人たちによって交換されるようになり、さらに中世ではこのパックの日に召使などにも与えられたということです。ちなみにドイツでは他のギフトと共に子供たちに送られたそうです。</p>
<p>このように文化によってさまざまな種類の卵が生まれました。赤く塗られた卵はキリストの血を象徴しギリシャで交換され、またド イツ、オアーストリアではホーリーサーズデーHoly Thursdayといって神聖な木曜日に交換されます。オーストリアの卵はある植物を使ってデコレーションンがされるそうです。</p>
<p><img src="../../imgs/paques/starry.js" /></p>
<p>一方ウサギは一番繁殖力がある動物として知られており、春の新しい生命誕生の象徴として使われてきました。もともとの起源のルーツはド イツにあるそうで、１５００年の書物に記されています。最初の食べられるウサギの形をしたお菓子は１８００年初期につくられました。</p>
<p><img src="../../imgs/paques/bunny1.gif" alt="bunnycake" width="107" height="123" /></p>
<p><strong>フランスでのパックの日</strong></p>
<p>さて実際この日にはどんなことをするのかというと、人々は教会へ行きキリストの復活を祝うセレモニーに出席します。またパックの前後は連休となっているので旅行など遊びに出かける人々も多いです。</p>
<p>一方教会の外に出ると、ケーキ屋さんやスーパーなどで売られている色とりどりの卵やウサギの形をしたチョコレートが目に入ってきます。中にはほぼ等身大ニワトリのチョコレートなど凝ったデザインのものもたくさんあります。</p>
<p><img src="../../imgs/paques/photo%20137%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p><img src="../../imgs/paques/photo%20139%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p><strong>Rameaux (Olivier)　オリーヴ</strong></p>
<p>イエスキリストが初めてエルサレムにたどり着いたとき、多くの人々が歓迎するために彼を待っていました。そしてパームツリーの枝を振り かざして彼を迎えたのです。また到着後イエスはこのパームツリーの葉で歩きやすくされた道を進んでいきました。</p>
<p>この出来事を受け継ぐため今でもこのパックのイベントには、パームツリーの代わりにオリ－ヴの枝を使っています。そして教会のイベントに参加した 後、枝を一つずつもらって帰ります。</p>
<p>上記に書いたイエスの話と重ねて、このオリーヴの葉は一年中緑を保つことから、永遠の生命を象徴するとされ、家において魔よけに使われます。</p>
<p><img src="../../imgs/paques/photo%20175%20%28WinCE%29.js" /><br />
今年も家にちゃんと置いてあります。</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>フランスの祝日</title>
		<link>/ja/archives/92</link>
		<pubDate>Sat, 22 May 2004 21:36:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[フランスの祝日]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nippon.fr/test/?p=92</guid>
		<description><![CDATA[日付け 祝日名 説明 １月１日 Jour de l’an　新年 この日凱旋門、シャンゼリゼ通り、エッフェル塔あたりではカウントダウンイベントが行われます。 ４月の第２日曜とそれに続く月曜日 Lundi de Paques 復活祭 復活祭は春の最初の満月の後の最初の日曜日に行われます。チョコレートがたくさんでまわります。（詳しくは「パック」のぺージを ご覧下さい。） ５月１日 Fete du travail メーデー フランスの労働者たちの日。デモンストレーションの行進などが行われます。 ５月８日 Commémoration de la capitulation allemande en 1945　戦勝記念日 第２次世界大戦の終わりを記念する祝日。 復活祭から数えて ４０日後 Ascension 昇天祭 イエスキリストが昇天する日。 復活祭から数えて ７番目の月曜日 Pentecote 聖霊降臨祭 使徒に聖霊が降りてくる日。 ７月１４日 Fete nationale 国家記念日 １７８９年７月１４日、フランス革命のシンボルであるバスティーユの占拠を記念する日。軍隊行進や花火など。 ８月１５日 Assomption 聖母被昇天祭 聖母マリアが昇天する日。 １１月１日 Toussaint 万聖節 全聖徒を祝う日。 １１月１１日 Commémoration &#8230; <a href="/ja/archives/92" class="more-link">Continue reading <span class="screen-reader-text">フランスの祝日</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<table border="1" cellspacing="0" cellpadding="2">
<tbody>
<tr>
<th>日付け</th>
<th>祝日名</th>
<th>説明</th>
</tr>
<tr>
<td>１月１日</td>
<td>Jour de l’an　新年</td>
<td>この日凱旋門、シャンゼリゼ通り、エッフェル塔あたりではカウントダウンイベントが行われます。</td>
</tr>
<tr>
<td>４月の第２日曜とそれに続く月曜日<small> </small></td>
<td>Lundi de Paques 復活祭</td>
<td>復活祭は春の最初の満月の後の最初の日曜日に行われます。チョコレートがたくさんでまわります。（詳しくは「<a href="../../culture_jp/easterholidays.html">パック</a>」のぺージを ご覧下さい。）</td>
</tr>
<tr>
<td>５月１日</td>
<td>Fete du travail メーデー</td>
<td>フランスの労働者たちの日。デモンストレーションの行進などが行われます。</td>
</tr>
<tr>
<td>５月８日</td>
<td>Commémoration de la capitulation allemande en 1945　戦勝記念日</td>
<td>第２次世界大戦の終わりを記念する祝日。</td>
</tr>
<tr>
<td>復活祭から数えて ４０日後</td>
<td>Ascension 昇天祭</td>
<td>イエスキリストが昇天する日。</td>
</tr>
<tr>
<td>復活祭から数えて ７番目の月曜日</td>
<td>Pentecote 聖霊降臨祭</td>
<td>使徒に聖霊が降りてくる日。</td>
</tr>
<tr>
<td>７月１４日</td>
<td>Fete nationale 国家記念日</td>
<td>１７８９年７月１４日、フランス革命のシンボルであるバスティーユの占拠を記念する日。軍隊行進や花火など。</td>
</tr>
<tr>
<td>８月１５日</td>
<td>Assomption 聖母被昇天祭</td>
<td>聖母マリアが昇天する日。</td>
</tr>
<tr>
<td>１１月１日</td>
<td>Toussaint 万聖節</td>
<td>全聖徒を祝う日。</td>
</tr>
<tr>
<td>１１月１１日</td>
<td>Commémoration de l’armistice de 1918 休戦記念日</td>
<td>第１次世界大戦の終わりを祝う日。</td>
</tr>
<tr>
<td>１２月２５日</td>
<td>Noel クリスマス</td>
<td>イエスキリストの誕生を祝う日。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p>その他</p>
<p><strong>【１月４日　 Epiphanie　公現祭】</strong> イエスキリストが公現する日。この日人々は教会に行きローリエをもらってかえります。</p>
<p><strong>【２月１日　Chandeleur　クレープの日】 </strong>（詳しくは「<a href="../../culture_jp/crepe.html">クレープの日</a>」のぺージをご覧下さ い。）</p>
<p><strong>【２月１４日　St.Valentin　ヴァレンタインデー】 </strong>（詳しくは「<a href="../../culture_jp/valentineday.html">ヴァレンタインデー</a>」の ぺージをご覧下さい。）</p>
<p><strong>【２月２４日　Mardi-Gras　謝肉祭】</strong> 謝肉祭から復活祭の期間をCaréme （キャレム）といい人々は断食をしていました。その始まりの日にたくさんの食事をとり、子供たちはいろんなコスチュームや仮面をかぶって祝います。</p>
<p><strong>【３月の最後の日曜日】</strong> 夏時間に変更。午前２時に１時間早める。</p>
<p><strong>【５月９日　Féte de Jeanne d&#8217;Arc ジャンヌダルクの日】 【６月第１日曜　Féte des Mères　 母の日】</strong></p>
<p><strong> 【６月第３日曜　Féte des Pères　父の日】 </strong></p>
<p><strong>【６月２１日　Féte de la Musique 音楽の日】 </strong><a href="http://fetedelamusique.culture.fr/">音楽の日公式ホームページ</a></p>
<p><strong> 【１０月最後の日曜日】 </strong>冬時間に変更。午前２時に１時間遅らせる。 学校休暇 <strong>【クリスマス休み】 </strong>だいたいクリスマスをはさんで２週間の休暇。日本でいう冬休みです。</p>
<p><strong>【冬休み（スキー休み）】 </strong>２月から３月にかけてだいたい２週間の休暇。</p>
<p><strong>【春休み】</strong> ４月にある２週間くらいの休暇。</p>
<p><strong>【夏休み】</strong> だいたい６月３０日から９月２日ごろ。</p>
<p><strong>【万聖祭】</strong> 万聖祭をはさんで２週間。ハローウィンはカトリックでいう万聖祭の前夜のこと。この万聖 祭というのは、All Saint&#8217;s Dayといって聖人たちを称えるために11月1日に行なうお祭りのことです。その前夜は亡くなった人たちが生前の身体をさがして夜の道をうろうろする という・・・それがはじまりだと言われています。</p>
]]></content:encoded>
			</item>
	</channel>
</rss>
