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	<title>セーヴル焼き &#8211; Le vrai Japon. フランス発見 | Nippon.fr</title>
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		<title>セーヴル陶器博物館</title>
		<link>/ja/archives/2751</link>
		<pubDate>Wed, 11 Aug 2010 12:59:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス観光]]></category>
		<category><![CDATA[セーヴル焼き]]></category>
		<category><![CDATA[セーヴル陶器]]></category>
		<category><![CDATA[パリ郊外]]></category>

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		<description><![CDATA[パリの南西郊外セーヴルにあるMusee National de Ceramique（陶器博物館）。 メトロ9番線のターミナルPont de Sevresを出てセーヌを越えるとその建物が見えてきます。 入り口に大きな陶器の長細い壺が立っていて、中へ入る前にそこで立ち止まってしまいます。入ると受付と売店スペースがあり、入場料金は4.5ユーロ。 まずは一階部分。いろんな国の古い時代の陶器が並んでいて、描かれている絵など少しプリミティヴなものもあり興味深い。フランスはもちろん、スペイン、イタリア、オランダ、オアーストリア、中国、イスラムなどの作品が展示。 そして２階へ上がると、まず巨大な陶器の作品に驚かされます。広い空間にそびえるような大きさ。近寄って倒してしまたっらどうしようと心配になってしまったり。そして次の部屋には国別のコレクションが展示してあり、例えば、フランスの中でも、プロヴァンス焼きなど地方別になっているのがおもしろい。プロヴァンス出身の主人が「プロヴァンスは他の地域と違ってハチやチョウがたくさん描かれているね」と。確かに。プロヴァンス陶器に描かれているくらいのかわいらしい虫ならいいのですが、中には結構リアルな虫が描かれているお皿があって、この上に料理？と・・・・（どの国か忘れてしまいましたが）。もちろん高級な銀食器などのコレクションなどもあり、どれもこれも見ていて楽しい。それから日本からの陶器作品も展示されていましたよ。日本の作品は飾ると言うより癒すというか、見ているとふーっと吸い込まれそうな作品が多い（表現が抽象的ですみません）。主人も家にあったらいいなあと思うのは日本の作品だと。 思っていたよりも広いスペースで作品も多く結構楽しめました。 さて、このセーブル陶器博物館の歴史ですが、結構古い（当然ですが）。 まず、ルイ15世の統治時代に王の愛妾であったMadame de Pompadourの影響を受け、1740年に陶器アトリエがヴァンセンヌに設立され、さらに1756年このアトリエがセーヴル（Madame de PompadourのBellevue宮殿近く）に移され1759年に王立窯となります。 博物館の創立はAlexandre Brongniart（1770~1847）という人物と大きく関係があり、彼はGeroges Cuvierと協力してパリの周辺地域の地質学の調査を行なった地質学者であり鉱物学者、あるいは科学者、動物学者という紹介もあります。彼の父は建築家のTheodore Brongniart、また彼の息子Adolphe Theodore Brongniartは植物学者でもありました。 少し話がずれますが、父親のTheodore Brongniartは1804年にナポレオン・ボナパルトにペール・ラシェーズ墓地の設計を任され、さらに1807年にはパリ証券取引所のデザインも任されています。 Alexandre Brongniartは、パリで生まれ、鉱物学校の教師をしていたが、1800年、当時内務大臣であったLucien Bonaparteによってセーヴル陶器工場のディレクターに任命される。セラミックの化学と鉱物学エンジニアのつながりがまさに彼にとって最高のポジションへと導いたのです。彼のすばらしい能力のおかげで彼は政権が変わる中、47年間セーヴルを運営管理しました。 また爬虫類の新しいクラス分けを紹介したり、鉱物学や陶器芸術の論文なども書いています。 Brongniartはセーブル陶器工場のディレクターでありまたセーブル陶器国立博物館の創設でもあります。1823年には、Royal Swedish Academy of Scienceスウェーデン王立科学アカデミーの外国人メンバーに選ばれています。 そして、1876年第3帝政時代にはこの陶器工場と博物館が政府によってサンクルー公園の一角に移されます。現在もこの博物館の裏のアトリエで陶器が作られており、ここで作られたものをセーブル焼きと言います。売店でお土産用に売られていますがかなりのお値段ですので私は見て楽しむだけ・・・。 Musee National de Ceramique　オフィシャルサイトはこちら この博物館の右となりには広大なサン・クルー公園が広がっています。時間のあるときにゆっくり足を運んではどうでしょうか。観光サン・クルー公園のページも参考に。 以上ウィキペデアと博物館パンフレットより訳/要約]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>パリの南西郊外セーヴルにあるMusee National de Ceramique（陶器博物館）。</p>
<p>メトロ9番線のターミナルPont de Sevresを出てセーヌを越えるとその建物が見えてきます。</p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-2752" title="Musee de Ceramique" src="/wp-content/uploads/2010/08/P1020547-320x200.jpg" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-2753" title="Musee de Ceramique" src="/wp-content/uploads/2010/08/P1020546-320x200.jpg" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-2754" title="Musee de Ceramique" src="/wp-content/uploads/2010/08/P1020545-320x200.jpg" /></p>
<p>入り口に大きな陶器の長細い壺が立っていて、中へ入る前にそこで立ち止まってしまいます。入ると受付と売店スペースがあり、入場料金は4.5ユーロ。</p>
<p>まずは一階部分。いろんな国の古い時代の陶器が並んでいて、描かれている絵など少しプリミティヴなものもあり興味深い。フランスはもちろん、スペイン、イタリア、オランダ、オアーストリア、中国、イスラムなどの作品が展示。</p>
<p>そして２階へ上がると、まず巨大な陶器の作品に驚かされます。広い空間にそびえるような大きさ。近寄って倒してしまたっらどうしようと心配になってしまったり。そして次の部屋には国別のコレクションが展示してあり、例えば、フランスの中でも、プロヴァンス焼きなど地方別になっているのがおもしろい。プロヴァンス出身の主人が「プロヴァンスは他の地域と違ってハチやチョウがたくさん描かれているね」と。確かに。プロヴァンス陶器に描かれているくらいのかわいらしい虫ならいいのですが、中には結構リアルな虫が描かれているお皿があって、この上に料理？と・・・・（どの国か忘れてしまいましたが）。もちろん高級な銀食器などのコレクションなどもあり、どれもこれも見ていて楽しい。それから日本からの陶器作品も展示されていましたよ。日本の作品は飾ると言うより癒すというか、見ているとふーっと吸い込まれそうな作品が多い（表現が抽象的ですみません）。主人も家にあったらいいなあと思うのは日本の作品だと。</p>
<p>思っていたよりも広いスペースで作品も多く結構楽しめました。</p>
<p>さて、このセーブル陶器博物館の歴史ですが、結構古い（当然ですが）。</p>
<p>まず、ルイ15世の統治時代に王の愛妾であったMadame de Pompadourの影響を受け、1740年に陶器アトリエがヴァンセンヌに設立され、さらに1756年このアトリエがセーヴル（Madame de PompadourのBellevue宮殿近く）に移され1759年に王立窯となります。</p>
<p>博物館の創立はAlexandre Brongniart（1770~1847）という人物と大きく関係があり、彼はGeroges Cuvierと協力してパリの周辺地域の地質学の調査を行なった地質学者であり鉱物学者、あるいは科学者、動物学者という紹介もあります。彼の父は建築家のTheodore Brongniart、また彼の息子Adolphe Theodore Brongniartは植物学者でもありました。</p>
<p>少し話がずれますが、父親のTheodore Brongniartは1804年にナポレオン・ボナパルトにペール・ラシェーズ墓地の設計を任され、さらに1807年にはパリ証券取引所のデザインも任されています。</p>
<p>Alexandre Brongniartは、パリで生まれ、鉱物学校の教師をしていたが、1800年、当時内務大臣であったLucien Bonaparteによってセーヴル陶器工場のディレクターに任命される。セラミックの化学と鉱物学エンジニアのつながりがまさに彼にとって最高のポジションへと導いたのです。彼のすばらしい能力のおかげで彼は政権が変わる中、47年間セーヴルを運営管理しました。</p>
<p>また爬虫類の新しいクラス分けを紹介したり、鉱物学や陶器芸術の論文なども書いています。</p>
<p>Brongniartはセーブル陶器工場のディレクターでありまたセーブル陶器国立博物館の創設でもあります。1823年には、Royal Swedish Academy of Scienceスウェーデン王立科学アカデミーの外国人メンバーに選ばれています。</p>
<p>そして、1876年第3帝政時代にはこの陶器工場と博物館が政府によってサンクルー公園の一角に移されます。現在もこの博物館の裏のアトリエで陶器が作られており、ここで作られたものをセーブル焼きと言います。売店でお土産用に売られていますがかなりのお値段ですので私は見て楽しむだけ・・・。</p>
<p>Musee National de Ceramique　<a href="http://www.sevresciteceramique.fr/">オフィシャルサイト</a>はこちら</p>
<p>この博物館の右となりには広大なサン・クルー公園が広がっています。時間のあるときにゆっくり足を運んではどうでしょうか。観光<a href="/ja/archives/252">サン・クルー公園</a>のページも参考に。</p>
<p>以上ウィキペデアと博物館パンフレットより訳/要約</p>
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		<title>サン・ジェルマン・デ・プレ</title>
		<link>/ja/archives/284</link>
		<pubDate>Thu, 12 Jan 2006 20:40:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス観光]]></category>
		<category><![CDATA[アポリネール礼賛]]></category>
		<category><![CDATA[サンジェルマンデプレ]]></category>
		<category><![CDATA[サンシュピルス教会]]></category>
		<category><![CDATA[セーヴル焼き]]></category>
		<category><![CDATA[パリ6区]]></category>
		<category><![CDATA[レ・ドゥ・マゴ]]></category>

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		<description><![CDATA[サンジェルマン大通りは1870年に開通したパリのメインストリートの一本。左岸で最もショッピングが楽しめる場所。さまざまなお店が並んでいます。もちろんブランドショップも次々と進出しています。遠くにはモンパルナスタワーも見えます。 サンジェルマン大通り さあ、この大きな交差点で一番にぎわっているのが有名なカフェ、レ・ドゥ・マゴ。第2次世界大戦後、サルトルやボーボワールなどの文人達が集まり議論が交わされてきたという 、創業19世紀のカフェです。マゴとは中国の陶器の人形のことで、ここにカフェができるまでは中国絹のお店だったとか。店内に飾られていた人形がお店の名前に。またそのお隣のカ フェ・ドゥ・フォロール(172, Bd. St-Germain, Paris6)も有名。ピカソもやってきたそうですよ（おすすめはホットショコラ！）。カフェだけでなくサラダやサンドイッチも楽しめます。どちらも無休。 レ・ドゥ・マゴ6, Place St-Germain des Pres, Paris6 さて、レ・ドゥ・マゴの正面に立つ教会、サン・ジェルマン・デ・プレ教会は、 6世紀にキリスト磔刑の聖十字架の断片とスペインの殉教者、聖バンサンの助祭の上衣を納めるために建立されました。その後何度か破壊されはしたものの修復 され、1163年に現在の建物は完成されました。辺りにはショップが立ち並び買い物で走り回っている人と、この教会の中で涙を流しながら一心にお祈りをしている人を見ると、大きなギャップを感じます。基本は初期ロマネスク建築で、半円アーチ。内部はゴシック建築等複数のスタイルが見られます。イギリスとの100年戦争の際に周囲にお堀を作らせたそうで、要塞のような造りにも見えます。 中には聖フランシスコ・ザビエルの聖室（18世紀　クストウ作）があります。 サン・ジェルマン・デ・プレ教会 教会を出たら、入り口の左手に小さな公園があります。そこにある像をごらんください。何気なくそこにあるのですが、実はこれピカソ作アポリネール礼賛と題された作品なのです。ギヨーム・アポリネール（1880~1918）とはイタリア出身のポーランド人、詩人であり美術評論家でもありました。名画『モナ・リザ』の盗難事件の犯人として逮捕されますが一週間で釈放されるというエピソードも残っています。彼はモンマルトルにあるLe Bateau-Lavoirアトリエ洗濯船（芸術家のたまり場）で多くの芸術家たちと交流。当時ピカソの確立したキュビズムが世間では否定されていたところ、このアポリネールが擁護。作品名はこのアポリネールの名前がついていますが、モデルとなっているのはピカソの恋人、ドラ・マールという人物。うーん、ちょっとややこしい。 アポリネール礼賛 さらに教会の裏手に向かいます。ちょうどサンジェルマン大通り沿いに入り口があるのですがここにも小さな公園があります。そしてお隣の建物の壁に大きなオブジェが!　建物の外面を表す張間の一つです。セーヴル焼きの作品で、1900年に開催されたパリ万博のために用意されました。アールヌーヴォー調のさまざまなモチーフで飾られ、釉薬（うわぐすり）がかけられた陶土でできた『ドア』部分は若い女性を表したメダイヨンで飾られています。公園にある『羊飼いの水汲み場』は1925年Flelix-Alexandre Desruelles作。Louis Barriasの彫刻作品は、陶工、セラミスト、学者でもあるBernard Palissyに敬意を示して造られたもの。Bernard Palissyは1536年から20年かけて釉薬のからくり発見に貢献した人物です。セーヴル陶器博物館も参考に。 では大通りを離れてサン・ジェルマン・デ・プレ教会から少し歩くとサン・ シュルピス教会にたどり着きます。サン・シュルピス教会はフランスで最大規模のパイプオルガンとドラクロワによって描かれた壁画で知られてい ます。ドラクロワ美術館（オフィシャルサイト）は上記サン・ジェルマン・デ・プレ教会の近くにあります。ドラクロワが死ぬまでの7年間（1857~1863年）を過ごしたアパートアトリエ。セザンヌ、ルノアール、マネ、ピカソなどが彼の絵から学び影響を得たそうです。またショパンもこのアトリエで作曲したとか。 サン・シュルピス教会（左）の前には広場があります（右）。 パイプオルガン またこの界隈にはちょっと変わったオブジェが隠れているので探してみてく ださい。こんな所にと思うような場所に突如として出現します。芸術の町です。 ブロンズの噴水池。GindreとDaudelinによって構想され、1984年ケベック政府により贈られました。沸き立つ様子は地球の奥底から抜け出したいように見え、ブロンズのうねりをシンボル化したもの。 Le Centaure de Cesarセザールのケンタウロス、1985年に設置。頭はセザールをモデル。なんとなく？ サン・ジェルマン界隈は多くの通りが交差していて、どちらに向かっている かわからなくなってしまうこともあります。まっすぐ歩いていたつもりでも、地図でみるとかなりイメージが違っていたりと。こちらはメトロ Mabillon(マビロン)近くにある通りRue Guisarde。ちょっとしたレストラン通りです。プロヴァンスレストランからリオネーズレストランまで。その通りの突き当りがマルシェ・サン・ジェルマ ン 。 Rue Guisarde（左）。 その通りにあるリオン料理レストラン Le Machon d&#8217;Henri（右） 8 rue Guisarde 01 &#8230; <a href="/ja/archives/284" class="more-link">Continue reading <span class="screen-reader-text">サン・ジェルマン・デ・プレ</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>サンジェルマン大通り</strong>は1870年に開通したパリのメインストリートの一本。左岸で最もショッピングが楽しめる場所。さまざまなお店が並んでいます。もちろんブランドショップも次々と進出しています。遠くにはモンパルナスタワーも見えます。</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/DSCN1809%20%28WinCE%29.JPG" alt="monument" width="240" height="180" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-2767" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1020709-320x200.jpg" /><br />
<strong>サンジェルマン大通り</strong></p>
<p>さあ、この大きな交差点で一番にぎわっているのが有名なカフェ、<strong>レ・ドゥ・マゴ</strong>。第2次世界大戦後、サルトルやボーボワールなどの文人達が集まり議論が交わされてきたという 、創業19世紀のカフェです。マゴとは中国の陶器の人形のことで、ここにカフェができるまでは中国絹のお店だったとか。店内に飾られていた人形がお店の名前に。またそのお隣の<strong>カ フェ・ドゥ・フォロール</strong>(172, Bd. St-Germain, Paris6)も有名。ピカソもやってきたそうですよ（おすすめはホットショコラ！）。カフェだけでなくサラダやサンドイッチも楽しめます。どちらも無休。</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/DSCN1806%20%28WinCE%29.JPG" alt="cafe" width="240" height="180" /><br />
<strong>レ・ドゥ・マゴ</strong>6, Place St-Germain des Pres, Paris6</p>
<p>さて、レ・ドゥ・マゴの正面に立つ教会、<strong>サン・ジェルマン・デ・プレ教会</strong>は、 6世紀にキリスト磔刑の聖十字架の断片とスペインの殉教者、聖バンサンの助祭の上衣を納めるために建立されました。その後何度か破壊されはしたものの修復 され、1163年に現在の建物は完成されました。辺りにはショップが立ち並び買い物で走り回っている人と、この教会の中で涙を流しながら一心にお祈りをしている人を見ると、大きなギャップを感じます。基本は初期ロマネスク建築で、半円アーチ。内部はゴシック建築等複数のスタイルが見られます。イギリスとの100年戦争の際に周囲にお堀を作らせたそうで、要塞のような造りにも見えます。</p>
<p>中には聖フランシスコ・ザビエルの聖室（18世紀　クストウ作）があります。</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/DSCN1804%20%28WinCE%29.JPG" alt="church" width="197" height="255" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-2768" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1020707-320x200.jpg" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-2769" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1020708-320x200.jpg" /><br />
<strong>サン・ジェルマン・デ・プレ教会</strong></p>
<p>教会を出たら、入り口の左手に小さな公園があります。そこにある像をごらんください。何気なくそこにあるのですが、実はこれ<strong>ピカソ作アポリネール礼賛</strong>と題された作品なのです。ギヨーム・アポリネール（1880~1918）とはイタリア出身のポーランド人、詩人であり美術評論家でもありました。名画『モナ・リザ』の盗難事件の犯人として逮捕されますが一週間で釈放されるというエピソードも残っています。彼はモンマルトルにあるLe Bateau-Lavoirアトリエ洗濯船（芸術家のたまり場）で多くの芸術家たちと交流。当時ピカソの確立したキュビズムが世間では否定されていたところ、このアポリネールが擁護。作品名はこのアポリネールの名前がついていますが、モデルとなっているのはピカソの恋人、ドラ・マールという人物。うーん、ちょっとややこしい。</p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-2770" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1020706-320x200.jpg" /><br />
<strong>アポリネール礼賛</strong></p>
<p>さらに教会の裏手に向かいます。ちょうどサンジェルマン大通り沿いに入り口があるのですがここにも小さな公園があります。そしてお隣の建物の壁に大きなオブジェが!　建物の外面を表す張間の一つです。セーヴル焼きの作品で、1900年に開催されたパリ万博のために用意されました。アールヌーヴォー調のさまざまなモチーフで飾られ、釉薬（うわぐすり）がかけられた陶土でできた『ドア』部分は若い女性を表したメダイヨンで飾られています。公園にある『羊飼いの水汲み場』は1925年Flelix-Alexandre Desruelles作。Louis Barriasの彫刻作品は、陶工、セラミスト、学者でもあるBernard Palissyに敬意を示して造られたもの。Bernard Palissyは1536年から20年かけて釉薬のからくり発見に貢献した人物です。<strong><a href="/ja/archives/2751">セーヴル陶器博物館</a></strong>も参考に。</p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-2772" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1020702-320x200.jpg" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-3765" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1030221-320x200.jpg" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-3767" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1030222-320x2001.jpg" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-3768" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1030223-320x200.jpg" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-3769" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1030219-320x200.jpg" /></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-3770" src="/wp-content/uploads/2006/01/P1030220-320x200.jpg" /></p>
<p>では大通りを離れてサン・ジェルマン・デ・プレ教会から少し歩くと<strong>サン・ シュルピス教会</strong>にたどり着きます。サン・シュルピス教会はフランスで最大規模のパイプオルガンとドラクロワによって描かれた壁画で知られてい ます。<strong>ドラクロワ美術館</strong>（<a href="http://www.musee-delacroix.fr/">オフィシャルサイト</a>）は上記サン・ジェルマン・デ・プレ教会の近くにあります。ドラクロワが死ぬまでの7年間（1857~1863年）を過ごしたアパートアトリエ。セザンヌ、ルノアール、マネ、ピカソなどが彼の絵から学び影響を得たそうです。またショパンもこのアトリエで作曲したとか。</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/st%20sulpice%201.JPG" alt="st sulpice" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/st%20sulpice%203.JPG" alt="st sulpice" width="240" height="180" /><br />
<strong>サン・シュルピス教会</strong>（左）の前には広場があります（右）。</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/st%20sulpice%202.JPG" alt="st sulpice" width="240" height="320" /><br />
<strong>パイプオルガン</strong></p>
<p>またこの界隈にはちょっと変わったオブジェが隠れているので探してみてく ださい。こんな所にと思うような場所に突如として出現します。芸術の町です。</p>
<p><strong>ブロンズの噴水池</strong>。GindreとDaudelinによって構想され、1984年ケベック政府により贈られました。沸き立つ様子は地球の奥底から抜け出したいように見え、ブロンズのうねりをシンボル化したもの。</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/DSCN1808%20%28WinCE%29.JPG" alt="street" width="240" height="180" /></p>
<p><strong>Le Centaure de Cesarセザールのケンタウロス</strong>、1985年に設置。頭はセザールをモデル。なんとなく？</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/DSCN1803%20%28WinCE%29.JPG" alt="statue" width="240" height="180" /></p>
<p>サン・ジェルマン界隈は多くの通りが交差していて、どちらに向かっている かわからなくなってしまうこともあります。まっすぐ歩いていたつもりでも、地図でみるとかなりイメージが違っていたりと。こちらはメトロ Mabillon(マビロン)近くにある通り<strong>Rue Guisarde</strong>。ちょっとしたレストラン通りです。プロヴァンスレストランからリオネーズレストランまで。その通りの突き当りがマルシェ・サン・ジェルマ ン 。</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/rue%20guisarde.JPG" alt="guisarde" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/resto%20le%20machon.JPG" alt="guisarde" width="240" height="180" /><br />
Rue Guisarde（左）。<br />
その通りにあるリオン料理レストラン Le Machon d&#8217;Henri（右）<br />
8 rue Guisarde 01 43 29 08 70<br />
リヨンの家庭料理が味わえます。地元の人に人気のお店（<a href="/ja/archives/548">レストランページ</a>にて紹介）。</p>
<p>その他サンジェルマンデプレ界隈にはたくさん有名なお店が並んでいます。</p>
<p>・日本人にも人気のラ・デュレ　Laduree Bonaparte店（21 rue Ponaparte）：他の店舗と比べて雑貨などがたくさんおいてあるのでお土産にいいですね。<br />
・Fragonard　フラゴナール　191 bd Saint-Germain　こちら私のお気に入りのお店。香水で有名ですが雑貨もそろっていてかわいいですよ（<a href="/ja/archives/572">お土産ページ</a>にて紹介）。<br />
・Culinarion/GENEVIEVE LETHU/La Vaissellerie/Plastiques/Eva Baz&#8217;Art/Moeti など雑貨店など他のしいお店も（<a href="/ja/archives/570">お土産雑貨編ページ</a>にて紹介）。<br />
・Pierre Herme　72 rue Bonaparte<br />
・Brasserie LIPP ブラッスリーLIPP 　151 bd Saint-Germain</p>
<p>そしてサン・シュルピス教会の向こう、さらに南へ足を運ぶと<a href="/ja/archives/256"><strong>リュ クサンブール公園</strong></a>が広がっています。17世紀の初め、アンリ4世の後、王妃マリー・ド・メディシスが自分の故郷フィレンツェのピッテイ宮殿を模して建てました。現在はフランス議会の上院が置かれています。美しいルネサンス様式の大庭園には約90もの彫刻や噴水が配置されています。</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/photo%20149%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/photo%20148%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p>またパリで一番古いデパートの<strong>ル・ボンマルシェ</strong>(22-24,Rue de Sevre, Paris7) はセーブル通りにあり、その横に隣接する<strong>ラ・グランドゥエピセリ</strong>はいろんな食 材が手に入るオススメのお店です。新鮮な魚肉、チーズ、野菜、ワイン、べーカリー、ケーキ、あるいは各国の特産品などがおかれています。瓶詰めになったバ スク料理やホワグラなどお土産にも便利です。お菓子類も豊富でいつも日本帰国時にはため買いをして帰ります。</p>
<p><img src="../../imgs/St.Germain/DSCN1802%20%28WinCE%29.JPG" alt="bon marche" width="240" height="180" /></p>
<p>お買い物もいいけれど、いろんな歴史も感じながら歩くのもいいですよ。疲れたらカフェで一休み。</p>
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