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	<title>ボージョレヌーボー &#8211; Le vrai Japon. フランス発見 | Nippon.fr</title>
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		<title>ボージョレ・ヌーボー</title>
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		<pubDate>Thu, 16 Nov 2006 20:42:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス文化社会]]></category>
		<category><![CDATA[祝日イベント]]></category>
		<category><![CDATA[ボージョレヌーボー]]></category>

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		<description><![CDATA[ボージョレ・ヌーボーとは Beaujolaisボージョレ＝リヨン北に位置する地域の名前。 Nouveau ヌーボー＝新しい。その年ボージョレで作られた新しいワインという意味です。 フランスではボージョレ・ヌーボーといえば、あくまでその年の新ワイン。日本のような大騒ぎはしません。その辺のスーパーで3~5ユー ロです。今年も近くのモノプリというスーパーで買ってきました。これが日本に行くと数千円するんだなあなんて考えながら主人にそのことを話すと、「日本は 宣伝広告におどらされすぎだ！」と。確かに。みんなお祭り騒ぎは好きですからね。楽しむことはいいことで しょう。 でもフランス人から見ると日本人のボージョレ・ヌーボーに関連する数々のイベントは不思議に見えるそうです。またワインに本当に詳しくてうるさい人は、ボージョレ・ヌーボーがおいしいとは言えないんだそうです。主人のお父さんも家にワインセラーを持ち、昼晩ワインという人物なのですが、 ボージョレ・ヌーボーはあまりおいしくないと言って買いません。 でもテレビなどで「おいしい」「年に一度」「フランスから」「今日が解禁日」などと言われると、買いたくなってしまいますよね。消費者の心理をよくついています。 ボージョレはいまいちといって買うことのない義父。これがお父さんのワインセラー。数百本常時保存してあるらしい。もちろん工場直売で。宣伝に流されることなく自分の本当に好きなものを貫く。さすがフランス人。日本人は流されすぎ！！！。 普通の初ワインから特別なボージョレ・ヌーボーへ その年の初ワイン その年の最初に生産されたワインを飲むことは昔ながらの習慣でした。ラテン語では奴隷のためのワイン《serva potic》 と言われ、ブドウが摘み取られた後すぐに与えられたそうです。 中世では、この習慣が次のようなおもしろい理由で受け継がれました。 ・土地の所有者である地主、司教、修道長などが待ちに待ったワインを高い値段で売ることができたから。 ・またその頃はワインを保存することがまだ困難であったため。悪い質の樽にワインが入っていたため空気中の酸素と触れ、お酢に変ってしまい飲めなくなってしまうことがありました。 ワインの保存法問題は19世紀まで続きます。この期間ワインは高級品として扱われ、貯蔵品を保つために市場は厳しく規制されコントロールされていました。もしワインのストックが切れてしまうと人々の怒りが怖いですからね。 このように毎年初ワインの到来を多くの人々が待ち望み、収穫期の最後にはお祭りをして労をねぎらいました。 そしてこれらのお祭りの一つがSt-Martin（11月11日）の日に取って代わり、第一次世界大戦後まで重要なものとして存在して いました。ワイン生産者は試飲用のワインサンプルを振舞っていたようです。 ではなぜBeaujolais（ボージョレ） なのか ボージョレはフランスはリヨンの北に位置する地域を指します。 20世紀前半、収穫後のボージョレのワインはLyon（リヨン）にあるパブや食料品店の間で引っ張りだこでした。はやく一番良いワイン を手に入れよう、そして客の需要に応えようと激しい競争が繰り広げられました。 1940年代の終わりまで、そういった競争に関する特別なルールなどありませんでした。そしてボージョレにあるワイン生産者側もこの競争に勝つために必死でした。 またボージョレ・ヌーボーが他のワインと異なる理由、それは特別なブドウ、ガメイ« gamay »からできていること。この地ではほとんどガメイしか栽培されていないそうです。この品種は1935年the king Philippe le Hardiによって選定されました。現在では、世界で36,000ヘクタールのgamayが栽培されています。そのうち22,500ヘクタールがリヨンの 北、ボージョレにあります。 Gamayはワインに強い味を与えます。それも作られて早いうちに。ですから早く消費されなくてはなりません。 ボージョレ・ヌーボーの市場化 ボージョレ・ヌーボーの市場化は50年代初期に事実上始まります。 1951年9月8日： ワイン生産者がこのボージョレの名前を使いたい場合ワインを樽から出すのを12月15日まで待たなければならないというルールが作られます。 同年10月： 生産者が組合を作り、彼らのワインが品質上いち早く販売できるように請願をします。 同年11月13日： 12月前に売られるために従わなければならないルールが決められます。これがボージョレ・ヌーボーの公式的な誕生です。売上高15,000 hl。 その後15年間、ボージョレ・ヌーボーの解禁日はさまざまに変化します。それが11月15日の真夜中と決められたのは、1967年11 月15日でした。売上高220,000 hl。 1985年　： 500,000 hl分の生産販売を容易にするため、解禁日が毎年11月の第3木曜日にと決められます。 15日と決めてしまうとその年によって土曜日、日曜日に当たってしまい、ワイン解禁日に配達が間に合わなくなってしまいますからね。 また広告宣伝のおかげで、ボージョレ・ヌーボーはただ単にリヨンの名産でとどまることなく、70年代にパリへ、そしてフランス全国へと広まっていきます。さらには、60年代後半に国際市場進出にも成功。ヨーロッパから始まり、北アメリカ、1982年にオーストラリア、そして1985年には日本とイタリア、90年代には東南アジアなどへと市場を拡大してきました。 現在のボージョレ・ヌーボーは、450,000 hl、ボトルにして6千万本、50 &#8230; <a href="/ja/archives/104" class="more-link">Continue reading <span class="screen-reader-text">ボージョレ・ヌーボー</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>ボージョレ・ヌーボーとは</strong></p>
<p>Beaujolaisボージョレ＝リヨン北に位置する地域の名前。 Nouveau ヌーボー＝新しい。その年ボージョレで作られた新しいワインという意味です。</p>
<p><img src="../../imgs/beaujolais%20nouveau/PB160081%20%28WinCE%29.JPG" alt="beaujolais nouveau" width="240" height="180" /></p>
<p>フランスではボージョレ・ヌーボーといえば、あくまでその年の新ワイン。日本のような大騒ぎはしません。その辺のスーパーで3~5ユー ロです。今年も近くのモノプリというスーパーで買ってきました。これが日本に行くと数千円するんだなあなんて考えながら主人にそのことを話すと、「日本は 宣伝広告におどらされすぎだ！」と。確かに。みんなお祭り騒ぎは好きですからね。楽しむことはいいことで しょう。</p>
<p>でもフランス人から見ると日本人のボージョレ・ヌーボーに関連する数々のイベントは不思議に見えるそうです。またワインに本当に詳しくてうるさい人は、ボージョレ・ヌーボーがおいしいとは言えないんだそうです。主人のお父さんも家にワインセラーを持ち、昼晩ワインという人物なのですが、 ボージョレ・ヌーボーはあまりおいしくないと言って買いません。</p>
<p>でもテレビなどで「おいしい」「年に一度」「フランスから」「今日が解禁日」などと言われると、買いたくなってしまいますよね。消費者の心理をよくついています。</p>
<p><img src="../../imgs/Christmas2005/dscn2021%20%28WinCE%29.js" /></p>
<p>ボージョレはいまいちといって買うことのない義父。これがお父さんのワインセラー。数百本常時保存してあるらしい。もちろん工場直売で。宣伝に流されることなく自分の本当に好きなものを貫く。さすがフランス人。日本人は流されすぎ！！！。</p>
<p><strong>普通の初ワインから特別なボージョレ・ヌーボーへ</strong></p>
<p><strong>その年の初ワイン</strong></p>
<p>その年の最初に生産されたワインを飲むことは昔ながらの習慣でした。ラテン語では奴隷のためのワイン《<strong>serva potic</strong>》 と言われ、ブドウが摘み取られた後すぐに与えられたそうです。</p>
<p>中世では、この習慣が次のようなおもしろい理由で受け継がれました。</p>
<p>・土地の所有者である地主、司教、修道長などが待ちに待ったワインを高い値段で売ることができたから。</p>
<p>・またその頃はワインを保存することがまだ困難であったため。悪い質の樽にワインが入っていたため空気中の酸素と触れ、お酢に変ってしまい飲めなくなってしまうことがありました。</p>
<p>ワインの保存法問題は19世紀まで続きます。この期間ワインは高級品として扱われ、貯蔵品を保つために市場は厳しく規制されコントロールされていました。もしワインのストックが切れてしまうと人々の怒りが怖いですからね。</p>
<p>このように毎年初ワインの到来を多くの人々が待ち望み、収穫期の最後にはお祭りをして労をねぎらいました。</p>
<p>そしてこれらのお祭りの一つがSt-Martin（11月11日）の日に取って代わり、第一次世界大戦後まで重要なものとして存在して いました。ワイン生産者は試飲用のワインサンプルを振舞っていたようです。</p>
<p><strong>ではなぜ</strong><strong>Beaujolais</strong><strong>（ボージョレ） なのか</strong></p>
<p>ボージョレはフランスはリヨンの北に位置する地域を指します。</p>
<p>20世紀前半、収穫後のボージョレのワインはLyon（リヨン）にあるパブや食料品店の間で引っ張りだこでした。はやく一番良いワイン を手に入れよう、そして客の需要に応えようと激しい競争が繰り広げられました。</p>
<p>1940年代の終わりまで、そういった競争に関する特別なルールなどありませんでした。そしてボージョレにあるワイン生産者側もこの競争に勝つために必死でした。</p>
<p>またボージョレ・ヌーボーが他のワインと異なる理由、それは特別なブドウ、ガメイ« gamay »からできていること。この地ではほとんどガメイしか栽培されていないそうです。この品種は1935年the king Philippe le Hardiによって選定されました。現在では、世界で36,000ヘクタールのgamayが栽培されています。そのうち22,500ヘクタールがリヨンの 北、ボージョレにあります。</p>
<p>Gamayはワインに強い味を与えます。それも作られて早いうちに。ですから早く消費されなくてはなりません。</p>
<p><strong>ボージョレ・ヌーボーの市場化</strong></p>
<p>ボージョレ・ヌーボーの市場化は50年代初期に事実上始まります。</p>
<p>1951年9月8日：<br />
ワイン生産者がこのボージョレの名前を使いたい場合ワインを樽から出すのを12月15日まで待たなければならないというルールが作られます。</p>
<p>同年10月：<br />
生産者が組合を作り、彼らのワインが品質上いち早く販売できるように請願をします。</p>
<p>同年11月13日：<br />
12月前に売られるために従わなければならないルールが決められます。これがボージョレ・ヌーボーの公式的な誕生です。売上高15,000 hl。</p>
<p>その後15年間、ボージョレ・ヌーボーの解禁日はさまざまに変化します。それが11月15日の真夜中と決められたのは、1967年11 月15日でした。売上高220,000 hl。</p>
<p>1985年　：<br />
500,000 hl分の生産販売を容易にするため、解禁日が毎年11月の第3木曜日にと決められます。 15日と決めてしまうとその年によって土曜日、日曜日に当たってしまい、ワイン解禁日に配達が間に合わなくなってしまいますからね。</p>
<p>また広告宣伝のおかげで、ボージョレ・ヌーボーはただ単にリヨンの名産でとどまることなく、70年代にパリへ、そしてフランス全国へと広まっていきます。さらには、60年代後半に国際市場進出にも成功。ヨーロッパから始まり、北アメリカ、1982年にオーストラリア、そして1985年には日本とイタリア、90年代には東南アジアなどへと市場を拡大してきました。</p>
<p>現在のボージョレ・ヌーボーは、450,000 hl、ボトルにして6千万本、50 %が輸出、その目的地となるのが150カ国。</p>
<p>さらに詳しくは公式サイトにて　<a href="http://www.beaujolais.com/">BEAUJOLAIS</a></p>
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