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	<title>マグダラマリア &#8211; Le vrai Japon. フランス発見 | Nippon.fr</title>
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		<title>カシスからサントボ－ムへ（プロヴァンス）</title>
		<link>/ja/archives/282</link>
		<pubDate>Thu, 27 Apr 2006 20:38:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス観光]]></category>
		<category><![CDATA[カシス]]></category>
		<category><![CDATA[プロヴァンス]]></category>
		<category><![CDATA[マグダラマリア]]></category>
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		<category><![CDATA[地中海]]></category>

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		<description><![CDATA[Cassis カシス マルセイユから西へ、 典型的なプロヴァンスの小漁港カシスは、プロヴァンス語の古い格言によると、「パリは見たがカシスを見たことがない者は、何も見たことにないに等しい！」 といわれるほどとても美しい町です。 そして今回訪れたのが　La Presqu&#8217;ile（ラ　プレスキル） というレストラン。ここで&#8221;本物のブイヤベ－ス”を楽しんできました。プロヴァンス人いわく、プロヴァンスで本当においしいブイヤベ－スを出してくれるレ ストランを探すのはとても難しいと。観光客呼びに、メニュ－にブイヤベ－スと書いているけれど、実際は、缶詰の魚ス－プに適当に魚介類を入れて煮込んで出 しているだけのところが多いそうです。そういうス－プも一度経験ありの私が今回このレストランで食べたブイヤベ－スは他とは比べ物にならないくらいの絶 品。 レストランは、ビ－チのすぐそばに立っており、眺めも最高。食後にレストラン前にある散策道から白いヨットの浮かぶ青い地中海を満喫し てみてはどうでしょうか。｢ギャルソンの対応もとてもいい｣とプロヴァンス在住主人の両親も太鼓判を押していました。前々からおいしいブイヤベ－スが食べ たいと言っていたので、お父さんがここを探してくれたんです。真ん中の写真は前菜のマッシュル－ムとトマトソース。そしてその右が&#8221;本物のブイヤベ－ ス”。とろっとしたス－プで、スープのおかわりは何度でもOK。ギャルソンがテ－ブルに大きなポットを持ってサ－ヴィスしに来てくれます。 そしてカシスと言えば、Cassis Blanc（カシスブラン)と呼ばれるホワイトワイン。このレストランでももちろんブイヤベ－スと一緒にお父さんがオ－ダ－してくれました。魚料理と相性 ピッタリ。おすすめです。町のいたるところにCassis Blancと宣伝がされています。 La Presqu&#8217;ile サイトでさらに詳しい情報を。レストランやビ－チの写真も載ってますよ。 La Ste BAUME　ラ　サント　ボーム カシスでお昼を済ませ、次に向かったのがエクサンプロヴァンスにあるサントボ－ム。日本とは違い岩がむき出しの山々の中を車で走ってい きます。遠くに見える町並みがマルセイユ。くねくねと山道を標高946メ－トル登っていきます。するとそこに現われるのがマグダラのマリア伝説で知られる 洞窟のある山。 山の中腹にある洞窟まで40分ほどのハイキングです。この日はあいにくの天気で足元が少し悪かったのです が、天気のいい日であればいい森林浴になりそうですよ。 岩壁に大きな口をあけた洞窟が見えてきます。ここでマグダラのマリアは30年という月日を祈りに捧げたので す。 この洞窟内で彼女が体験したさまざまな歴史を思い起こすと思わず涙が出てしまいました。ここで彼女がどんな 思いで、そして未来の私たちのことをどんな風に考えていたのだろうと想像すると、なんともいえない気分になってしまいました。いまだにおろかに闘い続けて いる人間がいることを悲しく感じます。雫の落ちる洞窟内は、まるで彼女が今もそこにいて泣いているような気がします。 マグダラのマリア伝説 Magdalene（マグダラの）とはエルサレムからそんなに遠くないMagdalum（マグダラム）とい う壁に囲まれた町からきています。彼女は高貴な出身で、この土地を所有していました。しかし、キリストの昇天後、マグダラのマリアはその全ての所有物を 売って、使徒の元へ進んでいきます。 当時、彼女はその美貌と富のため、肉体的快楽へ走り、&#8221;the sinner&#8221;（罪人）と呼ばれていました。そこでキリストがおられるというSimon the leperの家へと向かうのです。罪人であるため、そこでは正義の人々と交わることができず、いつも一歩下がりながら、彼女の涙でキリストの足を洗い、彼 女の髪でぬぐい、貴重な軟膏でその足を労わっていました。 Simon the Phariseeは｢もしこのお方が預言者であるのなら、罪深い女性が彼に触れることは許さないだろうと｣とマグダラのマリアの存在をいいものと思ってい ませんでした。しかしキリストは彼を叱責し、マグダラのマリアに全ての罪は許されると説いたのです。キリストは彼女から7つの悪を取り除き、彼の愛情で彼 女を満たしたのです。そしてマリアはキリストの近しい家族の一員となり、家事などの手伝いをしてキリスト一行を支援していきました。その後も、不貞であ る、怠惰である、浪費家であるなどと周りの使徒から呼ばれながらも、キリストは常に彼女をかばい、彼女への愛のため、彼女の兄を生き返らせたりといくつも の奇跡を起こさせました。 キリストの昇天から約14年、ユダヤがキリスト信者をエルサレムから追い出そうとしている頃、キリストの弟 子達はさまざまな国へキリストの教えを伝えるために分散して行きました。また、マグダラのマリア、兄のラザラス、キリストによって目が見えるようになった と言われるセドニアス、そして多くのキリスト教信者が、途中でおぼれて死んでしまうようにと、先導も舵もついていない船に乗せられ海へと流されてしまいま す。しかし神の意思により、彼らはなんとマルセイユにたどり着いたのです。 &#8230; <a href="/ja/archives/282" class="more-link">Continue reading <span class="screen-reader-text">カシスからサントボ－ムへ（プロヴァンス）</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>Cassis カシス</strong></p>
<p>マルセイユから西へ、 典型的なプロヴァンスの小漁港カシスは、プロヴァンス語の古い格言によると、「パリは見たがカシスを見たことがない者は、何も見たことにないに等しい！」 といわれるほどとても美しい町です。</p>
<p><img src="../../imgs/marseille/cassis.js" /></p>
<p>そして今回訪れたのが　<strong>La Presqu&#8217;ile</strong>（ラ　プレスキル） というレストラン。ここで&#8221;本物のブイヤベ－ス”を楽しんできました。プロヴァンス人いわく、プロヴァンスで本当においしいブイヤベ－スを出してくれるレ ストランを探すのはとても難しいと。観光客呼びに、メニュ－にブイヤベ－スと書いているけれど、実際は、缶詰の魚ス－プに適当に魚介類を入れて煮込んで出 しているだけのところが多いそうです。そういうス－プも一度経験ありの私が今回このレストランで食べたブイヤベ－スは他とは比べ物にならないくらいの絶 品。</p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150018%20%28WinCE%29.JPG" alt="cassis restaurant" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150006%20%28WinCE%29.JPG" alt="cassis restaurant" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150007%20%28WinCE%29.JPG" alt="cassis restaurant" width="240" height="180" /></p>
<p>レストランは、ビ－チのすぐそばに立っており、眺めも最高。食後にレストラン前にある散策道から白いヨットの浮かぶ青い地中海を満喫し てみてはどうでしょうか。｢ギャルソンの対応もとてもいい｣とプロヴァンス在住主人の両親も太鼓判を押していました。前々からおいしいブイヤベ－スが食べ たいと言っていたので、お父さんがここを探してくれたんです。真ん中の写真は前菜のマッシュル－ムとトマトソース。そしてその右が&#8221;本物のブイヤベ－ ス”。とろっとしたス－プで、スープのおかわりは何度でもOK。ギャルソンがテ－ブルに大きなポットを持ってサ－ヴィスしに来てくれます。</p>
<p>そしてカシスと言えば、Cassis Blanc（カシスブラン)と呼ばれるホワイトワイン。このレストランでももちろんブイヤベ－スと一緒にお父さんがオ－ダ－してくれました。魚料理と相性 ピッタリ。おすすめです。町のいたるところにCassis Blancと宣伝がされています。</p>
<p><a href="http://www.restaurant-la-presquile.com/"><strong>La Presqu&#8217;ile</strong></a> サイトでさらに詳しい情報を。レストランやビ－チの写真も載ってますよ。</p>
<p><strong>La Ste BAUME　ラ　サント　ボーム</strong></p>
<p>カシスでお昼を済ませ、次に向かったのがエクサンプロヴァンスにあるサントボ－ム。日本とは違い岩がむき出しの山々の中を車で走ってい きます。遠くに見える町並みがマルセイユ。くねくねと山道を標高946メ－トル登っていきます。するとそこに現われるのがマグダラのマリア伝説で知られる 洞窟のある山。</p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150032%20%28WinCE%29.JPG" alt="mountain" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150027%20%28WinCE%29.JPG" alt="mountain" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150035%20%28WinCE%29.JPG" alt="mountain" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150036%20%28WinCE%29.JPG" alt="mountain" width="240" height="180" /></p>
<p>山の中腹にある洞窟まで40分ほどのハイキングです。この日はあいにくの天気で足元が少し悪かったのです が、天気のいい日であればいい森林浴になりそうですよ。</p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150039%20%28WinCE%29.JPG" alt="mountain" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150041%20%28WinCE%29.JPG" alt="cave entrance" width="240" height="180" /></p>
<p>岩壁に大きな口をあけた洞窟が見えてきます。ここでマグダラのマリアは30年という月日を祈りに捧げたので す。</p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150045%20%28WinCE%29.JPG" alt="cave interier" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Cassis%20et%20Maria/P4150049%20%28WinCE%29.JPG" alt="cave interier" width="240" height="180" /></p>
<p>この洞窟内で彼女が体験したさまざまな歴史を思い起こすと思わず涙が出てしまいました。ここで彼女がどんな 思いで、そして未来の私たちのことをどんな風に考えていたのだろうと想像すると、なんともいえない気分になってしまいました。いまだにおろかに闘い続けて いる人間がいることを悲しく感じます。雫の落ちる洞窟内は、まるで彼女が今もそこにいて泣いているような気がします。</p>
<p><strong>マグダラのマリア伝説</strong></p>
<p>Magdalene（マグダラの）とはエルサレムからそんなに遠くないMagdalum（マグダラム）とい う壁に囲まれた町からきています。彼女は高貴な出身で、この土地を所有していました。しかし、キリストの昇天後、マグダラのマリアはその全ての所有物を 売って、使徒の元へ進んでいきます。</p>
<p>当時、彼女はその美貌と富のため、肉体的快楽へ走り、&#8221;the sinner&#8221;（罪人）と呼ばれていました。そこでキリストがおられるというSimon the leperの家へと向かうのです。罪人であるため、そこでは正義の人々と交わることができず、いつも一歩下がりながら、彼女の涙でキリストの足を洗い、彼 女の髪でぬぐい、貴重な軟膏でその足を労わっていました。</p>
<p>Simon the Phariseeは｢もしこのお方が預言者であるのなら、罪深い女性が彼に触れることは許さないだろうと｣とマグダラのマリアの存在をいいものと思ってい ませんでした。しかしキリストは彼を叱責し、マグダラのマリアに全ての罪は許されると説いたのです。キリストは彼女から7つの悪を取り除き、彼の愛情で彼 女を満たしたのです。そしてマリアはキリストの近しい家族の一員となり、家事などの手伝いをしてキリスト一行を支援していきました。その後も、不貞であ る、怠惰である、浪費家であるなどと周りの使徒から呼ばれながらも、キリストは常に彼女をかばい、彼女への愛のため、彼女の兄を生き返らせたりといくつも の奇跡を起こさせました。</p>
<p>キリストの昇天から約14年、ユダヤがキリスト信者をエルサレムから追い出そうとしている頃、キリストの弟 子達はさまざまな国へキリストの教えを伝えるために分散して行きました。また、マグダラのマリア、兄のラザラス、キリストによって目が見えるようになった と言われるセドニアス、そして多くのキリスト教信者が、途中でおぼれて死んでしまうようにと、先導も舵もついていない船に乗せられ海へと流されてしまいま す。しかし神の意思により、彼らはなんとマルセイユにたどり着いたのです。</p>
<p>そこでマグダラのマリアは、マルセイユの人々が神殿に集まり、偶像に生贄を差し出しているのを目撃します。 彼女は彼らに穏やかな言葉で偶像崇拝をやめるように諭し、キリスト教を熱心に説いたのです。</p>
<p>そしてそんな中、マルセイユの長官が子孫に恵まれるようにと妻と共に、生贄を差し出し神に祈りを捧げにやっ てきました。マグダラのマリアは彼にキリストを説き生贄をやめさせよとしました。数日後、マリアは長官の妻の前に幻影となって現れます。｢あなた達はこん なに裕福なのに、どうして神の聖徒たちを飢えや寒さで殺してしまうのですか？｣と。そしてさらに｢あなたの夫に神の聖徒たちを解放するように説得しなけれ ば、あなたは神の罰をうけるでしょう。｣と。二日目、さらに三日目、再度マリアが今度は夫婦二人の前に幻影として現れます。まるで家全体が燃えているかの ように彼女の顔は高潮し怒りで震えながら、｢悪魔の手先、暴君よ、私のお告げを伝えなかった腹黒い人と共に眠っているのですね。神の敵、あなたの貪欲さは たくさんの食べ物で満たされていることでしょう。神の聖徒が飢えや渇きで滅びようとしている時に。家もなく死にそうになっている人々を見た後にシルクのよ うな布をまとって横たわっているのですね。そんな貧しい彼らに手を伸ばすことを拒んでいる罪は逃れられません。｣と。</p>
<p>夫婦は目覚め、恐れで震え上がります。そしてキリスト教信者たちに住まいや必需品を提供することにしまし た。</p>
<p>ある日、マグダラのマリアが説教していると、その長官がマリアに、｢あなたの説く信仰を守り抜くことができ ますか？｣とたずねました。マリアは｢もちろん。私の信念は毎日の奇跡とロ－マに住む私の師Peterについて説くことによって強く固められています。｣ と。長官とその妻は、｢もしあなたが説く神から私達に息子を授けさせくれることができるなら、私達はあなたのいうことを何でもする準備ができています。｣ と。そして、マリアは神に彼らに息子を授けるようにと祈りました。そして妻は子どもを授かったのです。</p>
<p>すると今度は、マリアの説くことが本当なのかどうか確かめるために、その夫婦は使徒Peterへ会いにロ－ マへと航海するのです。そこでマリアは彼らの肩に魔よけとして十字架のサインをつけてやりました。</p>
<p>困難な航海中に、妻が突如陣痛を起こし、息子を産んだ瞬間に息絶えてしまいました。生まれたばかりの赤ん坊 は死んだ母親の胸の暖かさを求め、泣きじゃくっています。長官はなす術もなく、途方にくれ、船乗り達は遺体を海に投げ捨てるようにとせがみます。</p>
<p>すると突然目前に丘のある岸が現れたのです。そして長官は、海に投げ捨てるより、遺体と赤ん坊を岸へと置い てやるほうがいいと思いました。母親の胸の間に生まれたばかりの赤ん坊を置き、長官は｢マグダラのマリアよ、あなたがマルセイユへたどり着いた時、あなた は私に破滅をもたらしたのか。なんて不幸なんだ。あなたは神に私達に息子を授かるように祈ってくれなかったのですか？妻は妊娠したがお産で亡くなってしま いました。これがあなたの祈ったことなのですか？あなたの力で、母親の魂を呼び起こし、あなたの祈りでこの子の命をお助け下さい。｣と言いながら、その遺 体と赤ん坊を彼の外套で包み、船へと戻っていきました。</p>
<p>船はその後ロ－マへ着きます。長官は使徒Peterと共にエルサレムへ行き、キリストが説教した場所や、奇 跡を起こしたと言われる場所などへ連れて行ってもらいます。そして信仰の心得を教えられます。約2年が過ぎ、長官はマルセイユへ帰ることに。</p>
<p>ロ－マへの航海中、亡くなった妻と赤ん坊を残してきた丘に近づいてきました。するとそこには、見覚えのある 外套の下に隠れて母親の胸で子どもが見たこともない光景に怖がっている様子が見えてきました。そうそれは二年前に置いてきた彼の息子だったのです。長官は 陸に上がり、その少年を抱き上げ、｢マグダラマリアよ、私の妻が生きていてくれて、一緒にマルセイユへもどれたならば、なんて幸せなことだろう。あなたの 祈りでこの子が二年間生きていたことは確かなことです。そして今度は私の妻をよみがえらせてくれることでしょう。｣と。</p>
<p>すると、その言葉が発せられた瞬間、女性が息を吹き返したのです。そして、｢私は、マグダラのマリアの力 で、あなたと共にいることができました。｣と、長官の見てきたキリストの訪れた場所や奇跡をひとつ残らず説明したのです。そして三人一緒にマルセイユへと 戻っていったのです。</p>
<p>三人は洗礼を受けたあと、マルセイユにある偶像崇拝の寺を全て取り壊し、キリストのための教会を建てたので す。そして町の司教にラザラスを選び、その後神の意思により、エクサンプロヴヴァンスへと移っていき、多くの奇跡によってそこに住む人々たちにもキリスト 教が受け入れられていきました。</p>
<p>この頃、マグダラのマリアは、現世から離れ祈りと瞑想に自身を捧げたいと望み、30年間天使によって築かれ た場所で誰にも知られずに暮らしました。</p>
<p>（Saint Mary Magdalene &#8211; Golden legend-　訳　aki ）</p>
<p>現在でもここプロヴァンスではこのマグダラマリア信仰が強く残っています。マルセイユにある教会には多く黒いマリアの像が見かけられま すが、これは聖母マリアでなく、このマグダのマリアであると言う説が聞かれます。</p>
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		<item>
		<title>ルーヴルに隠された謎</title>
		<link>/ja/archives/283</link>
		<pubDate>Wed, 08 Feb 2006 20:39:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Aki]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス観光]]></category>
		<category><![CDATA[ダ・ヴィンチ]]></category>
		<category><![CDATA[マグダラマリア]]></category>
		<category><![CDATA[ルーヴル美術館]]></category>

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		<description><![CDATA[パリに住んでよかったなあと思うのは、たくさんの美術館があり、世界的名作が目と鼻の先にあるということです。 その中でもルーヴル美術館は、見逃せない観光の中心でもありますね。私も何度か足を運び、その度に感動して帰ってくるのですが、今回も う一度行ってみようと思ったのには、こんな理由があったからです。 毎回日本へ戻ると本を購入してパリへ戻ってくるのですが、今回、関西空港で出発ぎりぎりになって見つけて買った本があります。 「ダ・ヴィンチの暗号　99の謎」 著者：福知怜 二見書房 この一冊には、話題の小説「ダ・ヴィンチコード」で展開されるストーリーのさらに下敷きになっている謎や秘密が紹介されています。そして、その見出しには、 「ダ・ヴィンチの絵には暗号が隠されていた。そして彼は実は、秘密結社の総長を務めていたのである。その秘密結社の謎を追う と、驚くべき秘密に突き当たった。イエス・キリストには子孫がいて、その血筋がフランス王家に受け継がれていたというのだ。そしてそれを守るのが秘密結社 「シオン修道会」だ。そしてその謎はフランス南部にあるレンヌ・ル・シャトーの謎にまつわるものだった。」 謎と聞くと、ついつい時間を忘れて没頭してしまい、一日で読みきってしまいまいした。またBBCで放送され た「レンヌ・ル・シャトーの謎」と「レオナルド・ダ・ヴィンチ（3篇）」を見て、さらに興味がわき、もう一度ルーヴルに行って、あの謎に満ちた絵を見てこようと思い立ったのです。 ルーヴル美術館とは 12世紀、フランスはイギリスの攻撃に備え、パリに巨大な砦を築きました。やがてその上に、城が建てられ堅固な城塞となり ます。そこへフランソワ1世が登場。その城塞を華麗な宮殿に変えてしまったのです。1528年、フランソワ1世はアンボワーズを離れ、ルーヴルの城に移ってから、後の王に受け継がれ、宮殿は延々と工事が続けられます。そして数々の美術品が王室のコレクションとなり、フランソワ1世とつながりのあったレオナルド・ダ・ヴィンチの作品もその中に加えられたというわけです。 17世紀になると、ルイ14世はパリを嫌い、郊外のヴェルサイユ宮殿へ移ってしまいます。そのためルーヴル宮は空き家となってしまい、浮浪者、売春婦、犯罪者などが入り込み、荒んでいきます。 さらにその後、フランス革命が起こり、ルーヴル宮は革命軍の武器庫として使われます。当時の王ルイ16世と 王妃マリー・アントワネットは処刑の前、このルーヴル宮に閉じ込められ人生の最後を過ごします。 1973年、革命によりルーヴル宮が民衆の手に渡り、美術館として公開されることになります。そしてこの年、「モナ・リザ」が世界に姿を見せ始めたのです。 レンヌ　ル　シャトー フランスは南部、ラングドック地方にある小さな村、レンヌ　ル　シャトー、にある教会で、ソニエールという神父がある物を 発見したという出来事から物語は始まります。その発見はいまだ謎であり、その謎が謎を呼び、さまざまな暗号が見つけ出されていきます。そしてそれらの暗号が、すべてイエスキリストへとつながるのです。彼は本当は生きてプロヴァンスの地へ、あるいはイギリスへとたどり着いたのではないかと推測されるようになったのです。 そのキーワードのいくつかをご紹介しましょう。まずはニコラ・プッサン作「アルカディアの牧童」です。石の棺に書かれた「そして、アルカディアにて我」という言葉を羊飼い達が読んでいます。この絵と同じ石棺がレンヌ　ル　シャトー付近の村でみつかっており、背 景にある山などがこの村の地形とも一致していることが確認されています。BBCで見たドキュメントでは、この石棺のあった場所、教会などの位置が地図上である暗号となっているということです。それだけではありません。このプッサン作「アルカディアの牧童」の絵自体が、暗号の一部だというのです。 ルーヴル　リシュリュウ翼　3階 14~17世紀のフランス絵画 このプッサンという画家は実はテンプル騎士団の一人であったのではないかといううわさが伝えられているのです。聖地エルサレムを取り戻すために闘った騎士団です。そこで彼が何らかの秘密をにぎったのではないかと&#8230;。まずこの絵画に描かれている「ET IN ARCADIA EGO そして、アルカディアにて我」という言葉に秘められた謎、そしてこの絵の構造にも注目。右の奥に中腰になっている男性と、左奥に立っている男性が杖を持っているのですが、その杖のなす形が幾何学的図形の一部にぴったり当てはまるのです。それはなんとあのレンヌ  ル シャトーを地図上で見た時の図形と同じ。 そしてその図形とは、テンプル騎士団の謎に関係するものだったのです。このテンプル騎士団とは西洋史でも特に謎に満ちた存在らしくさまざまな推測がなされています。 もう一つのキーワードはマグダラのマリア。普通マリア像といえば白い像ですが、フランスプロヴァンス地方には「黒マリア」と呼ばれる聖母像があるのです。聖母像といえば、イエスの母マリアを表すものなのですが、黒マリアはとても異質に感じます。そのためこれは聖母マリアではなく、他の女性を信仰するものとも考えられていまうす。エジプトやギリシャの女神だとか数多くの説が考えられる中、一番有力視されるのがマ グダラのマリアです。南フランスはマグダラのマリアが暮らした土地なのだからと。 さてこのマグダラのマリアとは？　彼女はイエスに使えた女性の弟子で、イエス処刑の時男性の弟子たちは師と同じ罪に問われることを恐れ姿を消していたが、女性の弟子達は最後まで付き添っていたそうです。さらに遺体を運んで墓に入れる時も立ち会っていました。 「遺体に香油を塗ろう」と、マリアは香油を買って墓に戻ると、墓の中が空っぽになっていて背後からイエスの声がする。振り返るとそこに生き返ったイエスが 立っていたのである。これがイエスの復活と言われています。イエスは一番最初にマグダラのマリアの前に姿を現したのです。多くの説がありますが、マグダラ のマリアはイエスに最も近い人物の一人だったということが分かります。 マグダラのマリアはマルセイユに落ち着き、郊外のサン・ボメの洞窟で人生を信仰に捧げることに決めました。 その生涯が終わると遺体はエクス・アン・プロヴァンスの教会に埋葬されたということです。関連ページ　カシスからサントボームへ も参考に。 ルーヴル　デゥノン翼　半地階 　12~16世紀の北ヨ－ロッパの彫刻 レオナルド・ダ・ヴィンチ こうした歴史の中に隠されたさまざまな秘密を握るとされる秘密結社がシオン修道会です。そして、 この歴代総長の中に名前を残しているのがレオナルド・ダ・ヴィンチ。 他にも、ニュートン、ボッティチェリ、ドビュッシｰ、ヴィクトル・ユゴー、ジャン・コクトーなどが名前を連ねており、また闇の総長として預言者ノストラダムスの名前も現われる。1970年ごろ、フランスでは雑誌などに、シオン修道会について書かれたものが載り始め、それは南フランスのレンヌ　ル　シャトー で起きた&#8221;ある謎に満ちた出来事”とシオン修道会のつながりに関する内容でした。これらの人々がどんな謎を知っていたのか、そしてその謎は世界を転変させてしまうくらいの力を持つものだとも言われています。 レオナルド・ダ・ヴィンチが最後まで手放すことがなかった「モナ・リザ」は彼のどんな生涯を見つめてきたのかとても興味深い。そしてレオナルド・ダ・ヴィンチのもう一つの傑作「最後の晩餐」にも秘密が隠されている。傷みが激しかったこの絵を、20世紀の終わり に復元することになりました。そこで浮かび上がったものは元の絵とはずいぶん異なるものでした。イエスの隣には男の弟子ヨハネがいるはずなのに、そこに女性の姿（女性のように見える）が現われたのです。この人物は一体誰なのか。その論争の中に、「イエスの隣にいるこの女性こそ妻である、マグダラのマリアで はないのか」という説が浮かび上がったのです。この絵の中にもイエスの身体の配置にMの字が隠されているという。そうマグダラのマリアのイニシャルが。 「ダ・ヴィンチの暗号　99の謎」より &#8230; <a href="/ja/archives/283" class="more-link">Continue reading <span class="screen-reader-text">ルーヴルに隠された謎</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>パリに住んでよかったなあと思うのは、たくさんの美術館があり、世界的名作が目と鼻の先にあるということです。</p>
<p>その中でもルーヴル美術館は、見逃せない観光の中心でもありますね。私も何度か足を運び、その度に感動して帰ってくるのですが、今回も う一度行ってみようと思ったのには、こんな理由があったからです。</p>
<p>毎回日本へ戻ると本を購入してパリへ戻ってくるのですが、今回、関西空港で出発ぎりぎりになって見つけて買った本があります。</p>
<p><img src="../../imgs/Louvres/mona%20lisa%20%28WinCE%29.JPG" alt="mona lisa" width="150" height="214" /><br />
「ダ・ヴィンチの暗号　99の謎」<br />
著者：福知怜<br />
二見書房</p>
<p>この一冊には、話題の小説「ダ・ヴィンチコード」で展開されるストーリーのさらに下敷きになっている謎や秘密が紹介されています。そして、その見出しには、</p>
<p><em>「ダ・ヴィンチの絵には暗号が隠されていた。そして彼は実は、秘密結社の総長を務めていたのである。その秘密結社の謎を追う と、驚くべき秘密に突き当たった。イエス・キリストには子孫がいて、その血筋がフランス王家に受け継がれていたというのだ。そしてそれを守るのが秘密結社 「シオン修道会」だ。そしてその謎はフランス南部にあるレンヌ・ル・シャトーの謎にまつわるものだった。」</em></p>
<p>謎と聞くと、ついつい時間を忘れて没頭してしまい、一日で読みきってしまいまいした。またBBCで放送され た「レンヌ・ル・シャトーの謎」と「レオナルド・ダ・ヴィンチ（3篇）」を見て、さらに興味がわき、もう一度ルーヴルに行って、あの謎に満ちた絵を見てこようと思い立ったのです。</p>
<p><strong>ルーヴル美術館とは</strong></p>
<p>12世紀、フランスはイギリスの攻撃に備え、パリに巨大な砦を築きました。やがてその上に、城が建てられ堅固な城塞となり ます。そこへフランソワ1世が登場。その城塞を華麗な宮殿に変えてしまったのです。1528年、フランソワ1世はアンボワーズを離れ、ルーヴルの城に移ってから、後の王に受け継がれ、宮殿は延々と工事が続けられます。そして数々の美術品が王室のコレクションとなり、フランソワ1世とつながりのあったレオナルド・ダ・ヴィンチの作品もその中に加えられたというわけです。</p>
<p>17世紀になると、ルイ14世はパリを嫌い、郊外のヴェルサイユ宮殿へ移ってしまいます。そのためルーヴル宮は空き家となってしまい、浮浪者、売春婦、犯罪者などが入り込み、荒んでいきます。</p>
<p>さらにその後、フランス革命が起こり、ルーヴル宮は革命軍の武器庫として使われます。当時の王ルイ16世と 王妃マリー・アントワネットは処刑の前、このルーヴル宮に閉じ込められ人生の最後を過ごします。</p>
<p>1973年、革命によりルーヴル宮が民衆の手に渡り、美術館として公開されることになります。そしてこの年、「モナ・リザ」が世界に姿を見せ始めたのです。</p>
<p><img src="../../imgs/Louvres/01.25.06.JPG" alt="louvre museum" width="240" height="180" /></p>
<p><img src="../../imgs/Louvres/DSCN2264%20%28WinCE%29.JPG" alt="louvre interier" width="240" height="180" /></p>
<p><strong>レンヌ　ル　シャトー<br />
</strong>フランスは南部、ラングドック地方にある小さな村、レンヌ　ル　シャトー、にある教会で、ソニエールという神父がある物を 発見したという出来事から物語は始まります。その発見はいまだ謎であり、その謎が謎を呼び、さまざまな暗号が見つけ出されていきます。そしてそれらの暗号が、すべてイエスキリストへとつながるのです。彼は本当は生きてプロヴァンスの地へ、あるいはイギリスへとたどり着いたのではないかと推測されるようになったのです。</p>
<p>そのキーワードのいくつかをご紹介しましょう。まずはニコラ・プッサン作「アルカディアの牧童」です。石の棺に書かれた「そして、アルカディアにて我」という言葉を羊飼い達が読んでいます。この絵と同じ石棺がレンヌ　ル　シャトー付近の村でみつかっており、背 景にある山などがこの村の地形とも一致していることが確認されています。BBCで見たドキュメントでは、この石棺のあった場所、教会などの位置が地図上である暗号となっているということです。それだけではありません。このプッサン作「アルカディアの牧童」の絵自体が、暗号の一部だというのです。</p>
<p><img src="../../imgs/Louvres/DSCN2261%20%28WinCE%29.JPG" alt="painting" width="240" height="180" /><br />
ルーヴル　リシュリュウ翼　3階 14~17世紀のフランス絵画</p>
<p>このプッサンという画家は実はテンプル騎士団の一人であったのではないかといううわさが伝えられているのです。聖地エルサレムを取り戻すために闘った騎士団です。そこで彼が何らかの秘密をにぎったのではないかと&#8230;。まずこの絵画に描かれている「ET IN ARCADIA EGO そして、アルカディアにて我」という言葉に秘められた謎、そしてこの絵の構造にも注目。右の奥に中腰になっている男性と、左奥に立っている男性が杖を持っているのですが、その杖のなす形が幾何学的図形の一部にぴったり当てはまるのです。それはなんとあのレンヌ  ル シャトーを地図上で見た時の図形と同じ。 そしてその図形とは、テンプル騎士団の謎に関係するものだったのです。このテンプル騎士団とは西洋史でも特に謎に満ちた存在らしくさまざまな推測がなされています。</p>
<p>もう一つのキーワードはマグダラのマリア。普通マリア像といえば白い像ですが、フランスプロヴァンス地方には「黒マリア」と呼ばれる聖母像があるのです。聖母像といえば、イエスの母マリアを表すものなのですが、黒マリアはとても異質に感じます。そのためこれは聖母マリアではなく、他の女性を信仰するものとも考えられていまうす。エジプトやギリシャの女神だとか数多くの説が考えられる中、一番有力視されるのがマ グダラのマリアです。南フランスはマグダラのマリアが暮らした土地なのだからと。</p>
<p>さてこのマグダラのマリアとは？　彼女はイエスに使えた女性の弟子で、イエス処刑の時男性の弟子たちは師と同じ罪に問われることを恐れ姿を消していたが、女性の弟子達は最後まで付き添っていたそうです。さらに遺体を運んで墓に入れる時も立ち会っていました。 「遺体に香油を塗ろう」と、マリアは香油を買って墓に戻ると、墓の中が空っぽになっていて背後からイエスの声がする。振り返るとそこに生き返ったイエスが 立っていたのである。これがイエスの復活と言われています。イエスは一番最初にマグダラのマリアの前に姿を現したのです。多くの説がありますが、マグダラ のマリアはイエスに最も近い人物の一人だったということが分かります。</p>
<p>マグダラのマリアはマルセイユに落ち着き、郊外のサン・ボメの洞窟で人生を信仰に捧げることに決めました。 その生涯が終わると遺体はエクス・アン・プロヴァンスの教会に埋葬されたということです。関連ページ　<a href="/ja/archives/282">カシスからサントボームへ</a> も参考に。</p>
<p><img src="../../imgs/Louvres/DSCN2265%20%28WinCE%29.JPG" alt="magdala maria" width="181" height="245" /><br />
ルーヴル　デゥノン翼　半地階 　12~16世紀の北ヨ－ロッパの彫刻</p>
<p><strong>レオナルド・ダ・ヴィンチ</strong><br />
こうした歴史の中に隠されたさまざまな秘密を握るとされる秘密結社がシオン修道会です。そして、 この歴代総長の中に名前を残しているのがレオナルド・ダ・ヴィンチ。 他にも、ニュートン、ボッティチェリ、ドビュッシｰ、ヴィクトル・ユゴー、ジャン・コクトーなどが名前を連ねており、また闇の総長として預言者ノストラダムスの名前も現われる。1970年ごろ、フランスでは雑誌などに、シオン修道会について書かれたものが載り始め、それは南フランスのレンヌ　ル　シャトー で起きた&#8221;ある謎に満ちた出来事”とシオン修道会のつながりに関する内容でした。これらの人々がどんな謎を知っていたのか、そしてその謎は世界を転変させてしまうくらいの力を持つものだとも言われています。</p>
<p>レオナルド・ダ・ヴィンチが最後まで手放すことがなかった「モナ・リザ」は彼のどんな生涯を見つめてきたのかとても興味深い。そしてレオナルド・ダ・ヴィンチのもう一つの傑作「最後の晩餐」にも秘密が隠されている。傷みが激しかったこの絵を、20世紀の終わり に復元することになりました。そこで浮かび上がったものは元の絵とはずいぶん異なるものでした。イエスの隣には男の弟子ヨハネがいるはずなのに、そこに女性の姿（女性のように見える）が現われたのです。この人物は一体誰なのか。その論争の中に、「イエスの隣にいるこの女性こそ妻である、マグダラのマリアで はないのか」という説が浮かび上がったのです。この絵の中にもイエスの身体の配置にMの字が隠されているという。そうマグダラのマリアのイニシャルが。</p>
<p><img src="../../imgs/Louvres/sihinbun0001%20%28WinCE%29.JPG" alt="last supper" width="170" height="247" /><br />
「ダ・ヴィンチの暗号　99の謎」より</p>
<p><img src="../../imgs/Louvres/DSCN2255%20%28WinCE%29.JPG" alt="painging" width="185" height="235" /><br />
同じく レオナルド・ダ・ヴィンチ作「岩窟の聖母」<br />
ルーヴル　デゥノン翼　2階 　イタリア絵画<br />
中央にいるのが聖母マリアで、肩を抱かれているのがヨハネ。 しかしヨハネという確証はない。向かって右側にいるのが天使とイエス。天使が左側の子どもを指しているのも、暗号に見えるが何を意味するのかは不明だそう です。</p>
<p>興味のある方はじっくりとここで紹介した本を読んでみてください。そしてルーヴルをもう一度訪れてみてはどうでしょうか。きっと違った見方ができるかもしれませんよ。私が訪れた時もモナ・リザ前には人だかりができていましたが、プッサンやマグダラのマリア像の部屋には誰もいなかったので、思う存分空想にふけることができました。こんな所にあったのかあ&#8230;.と。</p>
<p>SOURCE：　「ダ・ヴィンチの暗号　99の謎」 著者：福知怜　二見書房<br />
BBC　「レンヌ・ル・シャトーの謎」　「レオナルド・ダ・ヴィンチ（3篇）」</p>
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