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マルモッタン美術館

メトロ9番線La Muetteラミュエットから Jardin du Ranelaghラヌラグ公園(観光/ラヌラグ公園)を通り抜けていくと Musee Marmottan マルモッタン美術館がひっそりと立っています。同じパリ16区に住みながらなかな行くチャンスが現れず、やっと今回主人と訪れることに。オランジュリー美術館とジヴェルニーを訪問し、なんとなくクロード・モネの足跡を追っている私達です。

マルモッタン美術館の歴史

ではまず、このマルモッタン美術館の名前の由来ともなっている人物、美術史家・収集家のポール・マルモッタン(1856-1932)について。この美術館はもともと1840年にある貴族によって狩猟用に建てられたものを、ポール・マルモッタンの父が1822年に購入し、邸宅用に改造しました。ポールの死後は、彼のコレクションなど含め全てがアカデミー・デ・ボザールに寄贈され、1934年から美術館として公開されるようになりました。

主なコレクションには、新古典主義(ナポレオン時代の絵画様式)などの絵画やアンピール様式と呼ばれる調度品があります。美術館内を 回っているようで、実は彼の邸宅の一つ一つの部屋に並べられた作品を見て回るような感じになっているんですね。

さらに、1957年、モネの医者であったジョルジュ・ド・ベリオの収集品が、彼の娘から寄贈され、この中に「印象・日 の出」の作品が含まれていました。また1966年には、モネの次男ミシェル・モネより、父親モネの作品が多数寄贈されました。このよ うにマルモッタン美術館には、多くの個人収集家からの寄贈を受け、印象派画家達の作品が多く集まっていることで有名になりました。

「印象・日の出」から「睡蓮」まで / モネの歴史

1840年にパリのラフィット街に生まれ、その後5歳の時、一家でノルマンディー地方のセーヌ河口の街Le Havreル・アーヴルに引っ越します。少年の頃から絵の得意だったモネは、絵の勉強をし続けます。そして彼の絵がル・アーヴルで活動していた風景画家ウジェーヌ・ブーダンの目にとまり、彼らは知り合うことに。そしてモネは画家になる決心をしました。ブーダンはキャンバスを戸外に持ち出し、陽光の下で海や空の風景を描いていた画家でした。ブーダンと出会ったことが、後の「光の画家」モネの生涯の方向を決定づけたとも言われています。

le  havre
Le Havre: ル・アーヴル(Havre)はフランス語で港を意味します。

Trouville
トルーヴィルの浜(1867):ブータンの作品。
ノルマンディー地方のオンフルーレで水夫の子として生まれる。
1857年にモネと出会い、モネに屋外で絵を描くことを教える。

1860年:(1859年とも)、パリに出て、アカデミー・シュイスに学び、ここでCamille Pissarroカミーユ・ピサロらと知り合う。

pissarro
「ポントワーズの庭」(1877):ピサロの作品。
1860年代にはパリ近郊のルーヴシエンヌ、ポントワーズなどで、
モネ、ルノワールらとともに戸外にキャンバスを持ち出して制作した。

1870年:普仏戦争を避けてロンドンへ赴きますが、ここではイギリス風景画の第一人者Joseph Mallord William Turnerジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーを研究しました。

Turner
「戦艦テメレール号」:ターナーの作品。
大気と光の効果を追求した画家。

1873年:彼が32歳の時、ノルマンディーへと向かいます。そしてそこで「印象・日の出」が作成 されました。その翌年にはルノワール(観光/ルノワールの風 景)、シスレー(観光/モレ・シュール ロワン) らと「画家・彫刻家・版画家・無名芸術家協会」を結成。

impression sunrise
「印象・日の出」:印象派という流派名の由来となったモネの代表作です。

1875年:日本の衣装をまとったモネの妻カミーユをモデルにした「ラ・ジャポネーズ」が作成。風景画家モネによる人物画の大作として有名です。
1877年:「サン・ラザール駅」
1885年:「日傘の女」作成。第7回印象派展開幕。
1890年:モネ49歳の時、 ジヴェルニー(観光/モネの家ジヴェルニー)の土地と家を買 う。そしてその後少しづつ土地を拡大していき、睡蓮の池を中心とした「水の庭」、さまざまな色彩の花を植えた「花の庭」を造りました。画家自身この庭自体が自分の「最高傑作」だと言っていたという。
1892年:「ルーアン大聖堂」の連作を始める。
1894年:デュラン=リュエル画廊での歌麿と広重の版画展を見に行く。
1898年:モネ57歳、 「睡蓮」を多量に描き始める。
1926年:モネ86歳、 12月5日 ジヴェルニーで死去。
1927年:オランジュリー美術館(観光/オランジュリー美術館)に「睡蓮」の大連作が展示される。

ここマルモッタン美術館では、「印象・日の出」が見られる他、ジヴェルニーで描かれた多くの作品が鑑賞できます。地上階がポール・マル モッタンのコレクション展示で、地下にモネの部屋が用意されています。また階段を上って2階に上がると、シスレーなど他の印象派画家たちの作品を目にする こともできます。

水面下の植物や霧がかった景色がぼんやり浮かび上がってくる、そんな効果のある彼の作品の数々をぜひ見に行ってみてください。

参考文献・写真 ウィキペディア

マルモッタン美術館
2, rue Louis-Boilly 75016 Paris
Tel: 01 44 96 50 33

オープン: 10:00~18:00
クローズ: 月曜日、5/1、12/25、1/1
入場料: 8ユーロ

オフィシャルサイト

ジベルニー

モネが暮らしたことで有名な村、ジヴェルニー。パリから北西へ約88キロのところに位置します。

行き方

パリからはサン・ラザール駅でルーアン(Rouen)行きなどに乗り、ヴェルノン(Vernon)で降ります。電車によって停車駅数が異なるので1時間半かかる場合もあるし、私たちの場合は45分ほどで着く電車を利用しました。SNCFのサイトで運賃料金を比較すると料金の差も分かりやすいですよ。私たちは一番安かったチケット片道11.60€。

ヴェルノン駅に着いたら、ジヴェルニーへアクセスする方法は3つ。まずは駅前にあるバス停からバスで。私たちは駅前のカフェで自転車を 借りました(一台一日10€)。お天気も良かったのでサイクリングがてら、のんびりとジベルニーまで楽しむことができたし、多分バスからは見えないまたは 味わえない雰囲気が味わえてとてもよかったです。そしてその途中には歩いてジヴェルニーへ向かう人も何人かいました。のんびりぶらぶらとするのもいいかも しれません。

セーヌ側沿いに車道が走っているのですが、そこから少し奥の山側に自転車と歩行者用の道が設けてあります。上の写真のようにまっすぐと自転車をこいでいきます。この日は朝早かったので人はまだ見かけませんでしたが、帰りには地元の子供たちが三輪車に乗って遊んでいたり、ベンチで本を読んだりおしゃべりしている人、さらに散歩をしている人などたくさん見かけました。

そして専用道を抜けると、Rue Claude MONET クロード モネ通り。モネの家が近づいてきます。

こちらは同じ通りに立っている教会。この右隣に色とりどりの花々でいっぱいにされたモネのお墓がありました。

モネの家

そしてようやくモネの家へと到着。そこには朝10時に着きましたが祝日ともあってもうすでに結構人が並んでいました。小さな入り口でチ ケットを買い(5.50€)、階段を下りて行くとまずそこはお土産売り場。そして花々がちりばめられた庭へと続きます。

花々に埋め尽くされた庭を歩いていると、甘い香りに心も癒されるような気がします。今回の写真は4月のもの。チューリップやパンジーが たくさん咲いていました。これから夏にかけていろんな花を咲かせるんでしょうね。

そしてこちらがモネの家。淡いピンクとグリーンが庭ととてもマッチしています。こんなところで毎日花々を眺めながら暮らせるなんていいなあと。

内部に入ると、まずモネが収集した日本の浮世絵版画が所狭しと飾られているのに驚きました。いきなりタイムスリップしてしまったような 気分に。「日本の浮世絵には動きがある」といってモネは賞賛していたそうです。その中には当時の日本人が見たアメリカ人、イギリス人、オランダ人、ポルトガル人、ロシア人などの絵があり、それを興味津々となって西洋人たちが眺めていました。うちの主人もとても興味深いと見入っていました。そして一階の奥に はモネのアトリエや目がちかちかしそうなくらい青いキッチン、黄色いダイニングルームとあり、二階へあがるとベッドルームなどがありました。二階から見る庭の景色も素晴らしかったですよ。

そしてさらにモネの代表作「睡蓮の池」のモデルとなった日本式庭園と向かいます。連絡路を通って車道の下をくぐり反対側へと移動。大きな柳と蓮が特徴的なあの池へとやってきました。

この池を囲むように散策路が作られておりぐるっと一周することができます。本当に絵の中を歩いているかのような気分。幻 想的な雰囲気です。睡蓮は時期としては4月は早すぎましたが、それでも充分満足。水面に映った木々や草花とのコントラストがとても美しかったです。ここで あの大作が描かれたのだなあと。

そんな興奮感に浸りながらしばらく庭に用意されたベンチで一休み。自然の美しさをゆっくりと鑑賞させてもらいました。

モネと睡蓮

睡蓮はモネが1890年代から描き始めた連作です。1899年から1926年に彼が亡くなるまで、ここジヴェルニーの睡蓮の池で200 点以上の作品を描きあげました。1890年代の作品には岸に生える柳や木、池に架かる日本風の橋などがモチーフとされていましたが、1900年代になる と、画面が全て水面で埋め尽くされ、水面に浮かぶ睡蓮や水草、水面に映る空や樹木などが描かれるようになりました。晩年は白内障を患い、失明寸前状態とな り、彼の作品は徐々に抽象的になっていきました。

ここモネの家では彼の作品ではなくほとんどが日本の浮世絵版画で覆われています。彼の作品をうかがうためにはパリにあるオランジュリー美術館そしてマルモッタン美術館に足を運びま しょう。モネを追ってフランスの旅もいいですね。

そして私たちは、帰るまでにまだ時間に余裕があったので、しばらくサイクリングを楽しみ、サンドイッチを買って草むらの上でピクニッ ク。日光浴がてらにそこでしばらくうたた寝をしてから駅へと向かいました。ひっそりとたたずんだ村の中には、たくさんのB&Bや農家自家製サイ ダーなどのサインをみつけました。暑かったけれど新鮮な空気がたくさん吸えた一日でした。

Fondation Claude Monet

86, rue Claude Monet – 27620 Giverny
TEL : 02 32 51 28 21

ホームぺージ

オープン
9:30~18:00
休み:月曜、11月~3月 月曜日でも祝日に当たると開いているそうです。サイトで確認を。
入園料: 5.50€(大人)

オランジュリ-美術館

パリといえば、美術館めぐり。でも以外にこちらに住みはじめると、「いつで行けるわ」という感覚で、なかなか足を運ぶことがありません。そんな中、日本から来た友達からオランジュリ-美術館に行ってみたいという提案が。オランジュリ-と言えば「睡蓮」。確か、数年前に見てみたいと思ったことが あったような。でも当時は改装工事で美術館が閉まっていたのです。

そして今年(2006)、 6年ぶりに一般公開が再開。

オランジュリーと睡蓮
印象派の巨匠クロ-ド・モネ(1840-1926)がパリ近郊ジベルニーのアトリエで最晩年に描いた8枚の巨大な作品で、縦約2メ-トル、幅は総計100メ-トルに近い。「睡蓮」はモネが亡くなった翌年の1927年に国に寄贈されることに。モネは死後にこの作品を公開することを望んでいて、生前から国はこのオランジュリ-美術館の内部を改造しこの作品を管理していました。そして当初は彼の遺志でもあるよ うに、自然光の光でこの作品が展示されていました。

しかし、ジュリエット・ワルター夫人から、セザンヌ、ルノワ-ル、マチス、ピカソなどの作品144点の寄贈を受け、これらのコレクショ ンを展示するために、66年までに全館にわたりフロアを1階増やし、「睡蓮の間」は人工照明の部屋へと変えられてしまいます。

さらに、2000年には、同美術館の老朽化もあり、フランス政府は、施設の近代化とともに、再び自然の光の入る「睡蓮の間」を作ることを決断。2004年に再オ-プンする予定で工事に入ります。

しかし2003年、美術館の下から16-17世紀に建てられたパリを外敵から守るための城壁が発見されます。この遺跡は地下を斜めに走 り、工事は難航します。歴史団体の論争の末、20メ-トルだけ修復し保存することに。そのため工事は一年半延長し、総工費は当初の計画を大幅に上回る 2900万ユ-ロ(約38億6000万円)へと膨れ上がってしまいました。設計を担当していた建築家も「すべて壊して、建て直したほうが早いほどだっ た。」と語っています。

再オ-プンした美術館の「睡蓮の間」は楕円形の2つの部屋に分かれており、それぞれ「睡蓮」が4枚ずつ、ぐるりと掲げられています。そ して天井は、円錐型の吹き抜けで、障子のような膜を通して自然の光が差し込むようになっており、鑑賞者はまるで、池の中を回遊しているような雰囲気にとら われてしまいます。

(観光/マルモッ タン美術館のぺージでモネの歴史紹介)

「睡蓮の間」
真新しい透明感のある白い建物の中へ入ると、やさしい光に照らされたモネの「睡蓮」が目前へ現れてきます。浮き出すようなその淡い色に一瞬本当に池の淵に立っているような気に陥ってしまうかもしれませんよ。彼がいた場所に自分も立っているようなそんな空間です。

orangerie

orangerie

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地階にはルノワ-ルの「ピアノによる少女達」やセザンヌ、マティス、ピカソ、ユトリロなど144点の作品が展示されています。

orangerie

orangerie

orangerie

orangerie

orangerie orangerie

orangerie
Musee de l’Orangerie

Jardin Tuilerie 75001 Paris
メトロ Condorde
入場料 6.50
開館時間はお昼12時半から。私が訪れた日は朝11時半くらいからちらほらと人が集まり始めていました。先にインタ-ネットなどでチケットを予約しておく といいですね。 ル-ヴル美術館と目と鼻の先にあります。美術館はどこも待ち時間が大変ですが、足を運ぶ価値は大です。
美術館公式サイト (日本語もあり)

orangerie

モレ・シュール ロワン

印象派画家 シスレーが暮らした町

パリから電車で約1時間、フォンテーヌブローの森を抜けてさらに進むと、そこに現われるのは中世を思 わせる風景。モレ・シュール ロワンという町は、12世紀の城壁に囲まれた町で、フォンテーヌブロー宮殿に王室があった頃には、シャンパーニュ地方とブルゴーニュ地方の境に位置する要塞として、重要な役割を果たしてきました。

パリで裕福な商業人家庭に生まれたイギリス人画家、シスレー(1839-1899)は、ビジネスの道 を歩まず、ルノワールやモネらとの印象派の画家としてフォンテーヌブローの森などの風景を描いていました。しかしながら、他の友達とは違い彼だけはなかな か成功することはできませんでした。生活も日々苦しくなり、パリ近郊に住むことすらも困難となり、1889年ロワン川沿いのこの村に移住してきました。

ルノワールがパリの舞踏会を、モネがローアンの壮大な大聖堂を描いている間、シスレーはこの村の名もない教会を12回も描きました。誰も知らない田舎の教会に美しさを感じ、徹底して描き続けたのです。そして10年後、まったく無名のままに、教会近くの住居でひっそりと60年の生涯を閉じました。

statue

今日、彼の作品は、印象派の中でも最も純粋な印象派と評価され、世界の美術界でトップクラスの値がつ けられています。シスレーの描いた水車のある河畔、古い橋。この村の風景は今でもそのままで残っています。空の青さ、木々の緑、水の透き通る透明感。こ こへ訪れるとまるで描かれた絵の中にいるような感覚に落ちます。

sissley dessin

river view

またこの町にはさらに城壁や、教会など当時から変わらぬ姿を残しています。

old salon de the

inn
ギャラリー兼サロン・ド・テ
ナポレオンが一泊したという部屋です。

old architecture

old crepe shop
16世紀の大富豪によって建てられたギャラリー
1764年からここにある建物 以前はクレープ屋さんだったらしい。

Moret-sur Loingの町を散策

おすすめNo.1 La Maison du Sucre d’Orge (キャンディ屋さん)

Sucre d’Orgeとは大麦を煮詰めた砂糖のこと。1683年から修道女らがこの飴を作っていました。現在はこの村の銘菓です。ちょうど教会の隣に15世紀に建てられたという歴史のある古い建物が見えたらそれがこのキャンディ屋さんです。飴の他にもクッキーなど他のお土産品を取り扱っているのでちょっとのぞいてみるといいかもしれませんよ。

月-土 9:30~12:30 15:00~19:30
日 10:00~12:30 15:00~19:00

candy shop

candy

おすすめNo.2 La Gargotte (クレープとガ レットのレストラン)

人口が5,000人ととても小さな。お店もメインストリートに何件か。お昼のランチをどうするかレス トランをチェックしながら歩いているとクレープのお店があったので入ってみました。私が食べたのはBreton Gallet(ブルトンガレット)とデザートのMont Blancという名前のバニラアイスと生クリーム。クレープト言えば甘いのが日本のクレープですが、こちらではハムやチーズなどをはさんで食べます。もちろん甘 いクレープもあります。通常メニューで甘いクレープをクレープ、それ以外はガレットと呼んでいるレストランは専門店で信用がでるそうですよ。

ブルトンガレットには、ソーセッジとマッシュルーム、あめ色に炒められた玉ねぎ、そしてその上に目玉 焼きとバターがたっぷりかけられていました。もう一度1時間かけても食べに行きたいと思うほどおいしい!バニラアイスとマロンクリームにも大満足。素朴で美味です。

crepe

dessert

La Gargotteは観光局の建物よりも少し手前にあって、グリーンの外観が目印。オープンテラスになっているので通りにテーブルが並んでいます。内装もおしゃれでしたよ。

おすすめNo.3 Bords du Loing (散策道)

river view

duck

river view
川沿いに散策道が走っています。この日はとても天気が良かったので川辺で3 時間昼寝していました。 午前中は人もほとんどいないので釣りを楽しむ人も。水がとにかく透き通ってるんです。魚も結構いましたね。

duck

river view

water mill
この周辺には本当写真に撮りたい景色が点在。川から吹いてくる水を含んだ風に癒されながら歩いていきます。 写真に見える建物は昔の洗濯場だったそうです。この後ろには水車もついています。

river view

river view

river view
深い緑と川の表面に移るコントラストがなんともいえません。静かで、この日はとても長い一日に感じられました。

【アクセス】
SNCF  パリ Gare de Lyon発  Moret Veneux駅下車 (約50分)
そこから徒歩約1キロ

Moret Veneux駅を出たら左手にまっすぐの道がMore-sur Loingにつながっています。一度も曲がらず突き当たるまで歩いていってください。すると左手に途中ツアリストオフィスが見えます(この裏には公衆トイ レ有)。さらに進んで行くとご紹介したような建物や最終的には散策道が現われてきます。

モレ・シュール  ロワン観光局