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アルプスでハイキング

アルプス山脈はアルプス=ヒマラヤ造山帯に属し、ヨーロッパ中央部を東西に横切っている。その東端となるのがオ-ストリア。そこからスロベニア、イ タリア、リヒテンシュタイン、ドイツを経由してフランスにいたります。最高峰のモンブランは標高4810mで、フランスとイタリアの国境をなし、ヨーロッ パの最高峰でもあります。

そんなアルプス山脈をなす山々にはたくさんのハイキングコースがあります。初級者コースから上級者まで。専門の地図も売っているくらいです。

うちの主人の両親は、ハイキング大好きカップルで、夏のヴァカンスで2回ハイキングに連れて行ってくれました。ハイキングとはいっても かなりきつい山登りです。でも、大自然に触れ感動の体験をすることができました。

ハイキング第一回目

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Sentier du Char というハイキングコーススタート地点。レベルによってマークの色が違います。それぞれの色にしたがって山の中を歩いていきます。私たちがたどったのは中央にあるサークルライン。約4時間のウォーキングでした。

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久しぶりの登山で息が切れそうになったりしましたが、救いだったのはこの景色。遠くから牛のベルが風に乗って聞こえてきます。なんともいえない心地よさと平和感。時間がゆっくりと流れているような感じにとらわれます。こんな山奥で牛たちはこんな生活をしている んだと、新しい世界の発見でした。

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さらに登っていくと遠くに湖が。ここでしばらく一休み。静かな空間に風の音が聞こえてきます。地球上にこんな場所があるなんて。それを目にすることができた満足感。

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さらに進んでいきます。こんなところにまで牛が草を食べにやってきている。私たちのことを不思議そうに眺め ている姿。「お邪魔しました」と言いながら立ち去る。

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いろんな姿の山々が迎えてくれます。時にやさしく、時に雄大に、時に険しく。

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そしてハイキングのもう一つの楽しみがこれ。きのこ狩りと、ベリー摘み。雨が少なかったせいできのこはほとんど見かけませんでしたが、野いちごとフランボワーズは大収穫。甘くて、からからになった口の中を癒してくれました。

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はじめは、小さな実が葉っぱの裏に隠れていてなかなか見つけられないでいたのですが、そのうちコツを得て楽しむことができました。右の写真は主人が集めたフランボワーズ。新鮮採りたてフランボワーズです。おいしかったあ。

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ハイキングも後半。村へと下っていきます。足がもう棒のようになりながら石のころがる道を一歩一歩踏みしめながら歩いていきます。よく歩いたと自分をほめながら、満足感に浸る私でした。

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そして、村に着いて冷たい水をグイッと。生き返ります。

ハイキング第ニ回目

二回目のハイキングは、滞在していたジャルジーという村の近くにあったコースです。この日は山で嵐にあいか けてしまいました。

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こちらのコースも約4時間ほど。がんばって歩きました。中央写真はマルモットがいるのですが小さすぎてみな いですね。このコースでは牛に加え、マルモットの鳴き声が辺り一面に響き渡っていました。マルモットは目が悪いらしく、遠くからだと気づかれずに目にすることができるんだそうです。

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そして嵐の予感。急に雲が出だして、雷の音が。山の天気は変わりやすい。自然のやさしさと怖さ。

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こちらは自然の美しさ。山は緑だけではありません。

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さまざまな花たちが目を楽しませてくれます。

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そしてハイキングも終盤。嵐かと思いきや、今度は晴れ間が。自然は気まぐれです。

メジェヴからモンブラン (オ-トサヴォワ)

モンブランを見にオートサヴォワ県にある町メジェヴ(Megeve)へ向かいました。四方を山々に囲まれたこの 町は冬はスキーで賑わいます。


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メジェヴの町の中に入ったとたん、花で飾られた華やかな家々が目に飛び込んできて、「山のサン・トロペ」と呼ばれる所以がよく分かりま した。市内には、カジノ(下中央写真)もあり、そのリッチさを表しています。

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きれいに整えられた町並み。高級ブティックが並びます。どこから写真をとっても絵になる場所がこんなにある なんて・・・。来てよかったあ。

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通りにはおしゃれなカフェやレストランもたくさん並んでいます。青空の下、花に囲まれてランチするのもいいですよ。

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どこを見渡しても花花花。

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そしてメジェヴは先にも書いたように、スキーで有名。当然ケーブルカーもいろんな場所から出ています。その 中の一つ、アルボワ山(Mont d’Arbois:1833m)に登ってみることに。 まずは麓のケーブルカー発着点Telecabin du Mont d’Arboisへ。13時半をのぞく毎30分ご とにゴンドラが出ています。そして山頂に着くと目の前にモンブランを含むアルプス山脈のパノラマでが広がります。最高でした。また山頂にはL’iglooと いう3つ星ホテルそが(写真中央)。モンブランを見ながらプールで遊んでいる子供がうらやましかった・・・。またたくさんのハイキングコースもあるので楽しんでみるのもいいでしょう。

Telecabin du Mont d’Arbois : 220, route du telepherique 74120 Megeve
Tel :04 50 21 22 07
Fax :04 50 21 31 39
往復チケット: 大人:10.20€ 子供 :8.70€
毎日運行 : 午前9:00~13:00 午後14:00~18:00


アルボワ山からのパノラマ click here

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普段はなかなかモンブランの山頂は見られないんだそうです。大体いつも雲が覆っているらしく。この日も雲が かぶさっていたのですが、一瞬だけ顔を少し出してくれました(上左)。見えるでしょうか。新鮮な空気をたくさん吸って、リフレッシュしてきました。

アヌシー (オートサヴォワ)

パリからTGVで約4時間、フランスはスイス・イタリアと国境を接するオートサヴォワ地方にある美しい町アヌシー(Annecy)。 以前からぜひ行ってみたいと思っていた夢がやっと叶い、夏(2006年7月末)にヴァカンスへ出かけることになりました。

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まずアヌシー駅でマルセイユの両親と合流。私がずっとここに来たいことを知っていてこの旅の計画を立ててくれたのです。両親はマルセイユから直接車で5~6時間かけて到着。軽くお昼を済ませてアヌシー観光へ。

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駅から少し歩くと、景色のいい公園へとつきます。ここがシャンプ・ドゥ・マルス公園 (Champ de Mars )。ヴァカンスを楽しみにやってきた人々が思い思いにくつろいだりスポーツをしたりしていました。ジョ ギングする人、サイクリングする人、お昼寝している人、さまざまです。この日はかなり暑かったのですが日陰に入るとちょうど良い風が吹いてきて心地良かっ たです。

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そしてその公園の向こうにアヌシー湖とアルプスの山々。最高の眺めで す。一応泳ぐのは禁止されているようなのですが、泳いでしまうその気持ちは分かるような気も・・・。そして湖の一部にはビーチが突如として夏に現れるんだ そうです。狭い場所に水着を着た人々がうようよと固まって日光浴をしている光景はちょっと驚くかもしれません。

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ボートもたくさん出ているので、やっぱり泳がない方がいいですね。ボートの方が絵になります。水がとても澄 んでいて底までくっきり見えるんです。さすがアルプスの水。

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公園を湖に沿ってぐるっと歩いてくるとまた市街地に戻ってきます。右はアヌシー城(Le Chateau d’Annecy)。サヴォワ男爵によって1445年に建てられました。

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町の中は色とりどりの花や家でいっぱいで、ポストカードの絵の中にいるような気分になってしまいます。どこを見ても花花花。そうアヌシー(サヴォワ地方)は花の町としても有名なのです。青い空、カラフルな町並、澄みきった水、そして遠くにそびえ立つアルプスの山。パリの悲しい景色とは違います。

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旧市街地にはチウ運河(La Thiou)が流れており、人気の観光スポットになっています。この眺めはフランスで一番よく写真に撮られる場所だとか?? そして中央に見える建物は島の宮殿(Le Palais de l’isle)と呼ばれ、12世紀にアヌシーの領主によって建てられ、 長い歴史を経て、役所、裁判所、造幣局、監獄などの役割を果たしてきました。現在は歴史博物館だそうです。

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写真からも分かるようにアヌシー(サヴォワ地方)は水が本当にきれいで暑さを和らいでくれます。そして 運河の両端にはレストラン、カフェ、お土産屋さんが並んでいます。イタリアに近いこともあってイタリア料理もパリなんかに比べたら断然おいしいと感じまし た。きれいな水だけでなく、新鮮な野菜果物も豊富ですからね。

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こちらは、サン・ピエール大聖堂。アヌシーは17世紀の思想家ジャン= ジャック・ルソーが16~27歳のあいだ暮らした街としても知られ、この大聖堂でルソーがフルート演奏をしたことでも有名です。

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そしてアヌシーチョコレート。チョコレートにもうるさいうちの主人と主人の両親がおいしいといって大量に購 入。たくさんのフレーバーが板状で売られていて、 お買い得。Meyer : (住所) 4,Place Saint Francois (tel) 04 50 45 12 08

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アイスクリームも夏のアヌシー散策に欠かせません。ベリーなどのフルーツを使ったシャーベットアイスはおいしかったなあ。

アヌシー観光局 (Office de tourisme)
1, rue Jean Jaures Bonlieu 74000 ANNECY
Tel : + 33 450 45 00 33
Fax : + 33 450 51 87 20

フランス革命記念日

7月14日はフランス革命記念日。フランスでは人々は早くもヴァカンス気分に、この祝日をお祝いします。

7月13日には前夜祭としてパリ郊外の各地で花火が上がり、パリ市内(16区)8階にある私たちのアパートからは、合計8箇所の方向で花火が見えます。西側のベランダからは、近くにあるスタジアム(ポルトサンクルー辺り)で花火が上がり、また東側のベランダからはサクレクルー方面、ヴァ ンセンヌ方面など計5箇所の花火が楽しめます。遮るものがないので、少し遠くても、きれいに見えます。

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そして7月14日は、いよいよ本番。朝は、10時からシャンゼリゼ通りでパレードが行われます。正確に言うと、10時からは大 統領のスピーチや国歌の演奏などがコンコルド広場で行われ、その後10時半くらいから、空軍の飛行機がフランス国旗の三色の模様を空に描き、パレードがス タートします。

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シャンゼリゼ通りの真上をものすごい速さで飛んでいきます。最初のシャっターは速さの感覚がつかめずタイミングよく押せませんでした。 残念ながら飛行機が写っていません。自分の目ではしっかり見えていたのですが・・・。頭上をものすごい音を立てて飛んでいきます。

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ちょうどシャンゼリゼ通りは、ルイヴィトン近くで見ていました。

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そしてパレードのスタートです。パレードにはいろんな部隊が参加しており、シャンゼリゼ通りにつながる各通りからコンコルド広場へ向 かって出発するため、凱旋門近くにいると、見れない部隊があるので注意。私たちのいたルイヴィトン辺りも見れない部分が結構ありました。

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また、この日の場所取りも一苦労です。昔は10時のイベントに朝5時から場所取りをしたものだと話しているフランス人女性もいました。 現在はそこまではいかなくとも、10時にはもう通りは人の山です。みんな後ろの方にいる人たちは爪先立ち状態で見ています。ラッキーな人々というのは、シャ ンゼリゼ通りにオフィスなどがある人たち。ビルの屋上に集まって最高の場所を確保。また、この日メトロはシャンゼリゼ通り辺りは止まりません。シャンゼリゼ通りにつながるいくつかの通りも通行がブロックされるので気をつけてください。

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毎年、戦車やタンカーなどの重い乗り物がパレードで走るので、道路へのダメージが結構あるそうです。すごい振動で走っていきます。

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そして14日夜10時半。パリ市内で花火が上がります。2005年はエッフェルタワーそのものが花火の一部になっていてものすごい迫力でしたが、2006年のものはエッフェル塔から少し離れたところで行われました。ちょっと寂しかったかな。毎年花火の位置が微妙に違ったり演出も違います。エッフェル塔近辺、トロカデロ辺りは人だかりでかなり混雑するので注意。

またこの革命記念日の日、大統領から数人の囚人に恩赦が与えられることでも知られています。この慣習は政府内外から非難を受けており、 おそらく2006年度で最後になるだろうと言われています。

【フランス革命とは】
1789年7月14日パリ市民がバスチーユの牢獄を攻撃し中にいた囚人を解放。市民階級の国民議会が実験を握り、国王ルイ16世とマリー・アントワネット が処刑されます。ロベスピエールの恐怖政治が開始されますが、テルミドールの反動で倒れ、ナポレオンが登場。そのナポレオンもやがてロシア遠征に失敗してから失脚。ルイ18世が王政復古をして革命に終止符がうたれます。また特出すべき項目として、フランス革命ではメートル法が生み出され、またこの時期ロゼッタ石が発見されエジプト古代史が注目し始めます。

キュロット

キュロット、以前はよく聞いたこの言葉、最近はあまり聞かないですね。ズボンのように分かれているスカート。もともとこのキュロットという言葉はフ ランス語で由来がちゃんとあるんです。

フランス語ではculotte(キュロトゥ) といい、「半ズボン」という意味がまず最初に現れますが、もともとはお尻の部分を隠すものという意味で、それは話し言葉であるcul(キュ) という言葉を見るとヒントが隠されています。cul(キュ)とは、「尻、けつ」または「(瓶などの)底」という意味 を持っており、下品な言葉として使われるので気をつけてくださいね。さらに最近の傾向としては、このculotte(キュ ロトゥ)という言葉は、「半ズボン」という意味は廃れてきて、それよりも「下着のパンツ」特に女性用のショーツだとかに使われているそうです。うちの主人にも「キュロトゥ」って何と聞くと一番にパンツと言っていました。

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これが私たち日本人の思うキュロット。でもフランスではこれが今は下着に。

ではキュロットの歴史について少し。

フランス革命時代(1789年~1804)、職人や労働者を示す言葉としてsans-culotte(サ ン・キュロット)が使われていました。これは「キュロットをはかない人」という意味です。sansとは「~なしで」と いう意味。当時貴族の間で流行っていたキュロット(半ズボン)でしたが、庶民のファッションではなかったため、貴族が庶民を馬鹿にしてsans-culotte「キュ ロットをはかないやつら」と呼んでいたそうです。これに対して、労働者は不公平な身分制度に反対する意味を込めて、自分たちを同じように呼んでいました。 彼らは重税に苦しんでいましたが、参政権は持っていませんでした。そういった背景もあり、フランス革命はサン・キュロットにも支持されていました。バス ティーユ牢獄を襲撃した7月14日事件など初期の革命は彼らによって主導されていました。彼らが起こした運動が議会に圧力をかけ、革命にも影響を与えまし たが、1790年代後半になると徐々に衰退し、ブルジョワにその地位を奪われてしまいます。参政権を持たなかったこと、ブルジョワ主導の国民議会によって 革命の趣向が決められていったことが、本来の民衆革命から、ブルジョワ革命へと変わり、サン・キュロットの勢力が衰退していった原因になってしまっ た。(以上Wikipediaより)

このようにに、キュロットにも歴史ありです。

さらにculotte(キュロトゥ)を使ったおもしろい表現をひとつ。

Elle porte la culotte. (エル ポルトゥ ラ キュロトゥ) 「彼女は キュロットをはいている」から転じて「彼女は亭主を尻に敷いている」という意味になります。彼女が主導権を持っているという感じですね。でもフランス語でも日本語でも「尻」が使われているのはおもしろい発見です。

また英語でも、キュロットculottes(複数扱いで、後ろにアクセント)と存在します。意味も 「女性用のズボン式スカート、キュロット」とあります。でもこのフランス語の「亭主を尻に敷く」という表現を見つけたときに ピーンときたのです。英語にもあったあったと。でもその単語はculottesではなかったはず。なんだったっけー。 夜眠れないくらい気になってしまって、調べました。辞書で一度目にしたのは確か。でも思い出せない。1時間ほどがんばった末、主人に助けを。「インターネット使えばいいじゃない」と。気になりすぎてそんなすばらしい解決方法を忘れていました。眠かったし。そしてフランス語でculotteと 入力。すると英語訳が2つ出てきました。culottesともう一つそうbreeches! この単語を探していたんです!!

breeches(ブリッチズ)、意味は「(乗馬用・宮廷用の)半ズボン」と「(口語)ズボン、半 ズボン」です。そして同じく、She is wearing the breeches. というと「夫を尻に敷く」という意味になるのです。

キュロットでこんなに頭を使うなんて。でもこれが私の語学の楽しみなのです。

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これが乗馬用キュロットもしくはブリッチズ。乗馬をされている方なら詳しいはずですよね。