Category Archives: フランス観光

カランク(プロヴァンス/ハイキング)

マルセイユの旧港からバス(21番)に乗って今日はカランクにピクニック。出発前にサンドイッチとドリンクを買って準備万端。始発だったのですぐに席を確保できましたが、すぐにバスは人でいっぱい。40分くらいで終点に着き、そこからハイキング開始です。終点は大学の敷地内にあり、そこから南にまっすぐ歩いていくとカランクを一望できる場所へと続きます。

ハイキングコースは歩道がしっかり作られており歩きやすく、海から吹いてくる風がとても気持ちがいい。カランクにはいくつものコースがあり、海に通じる道や、崖を登っていく道などさまざま。今回は一番シンプルなコースです。

Calanque de Morgiou モルジウカランク

ヴァカンス期ともあって途中たくさんの水着姿の人とすれ違いながらどんどん歩いて進んでいきました。4,5Km、1h30のハイキングです。

海に行きたい人は、コースをどんどん下っておりていきますが、私たちは崖からの景色を見るために途中の分岐点で右折しました。ほとんど人もなく、ぶらりぶらりと写真を撮りながら歩いていきます。

途中カランクの歴史を説明するパネルを何枚か見つけました。岩の中に化石なんかも発見できますよ。

5万年前は100Mも海面が低かったそうですが、1万年前に海面が戻り、気候変化の影響などで現在のような地形になったそうです。

さあ、ここから地中海の青い海が見えてきます!

海へのアクセスも可能ですが、歩くのが・・・いいエクササイズになりますが。

最終点は展望台になっており、カランクや地中海を一望できるようになっています!ものすごくきれいです。海から崖を見上げるのもよし、崖から海を見下ろすのもまた美しい。

何回訪れても感動する景色があります。

以前は海側からアクセスをしました。そのときの様子はカシス・カランクのページで紹介しています!

モンマルトル界隈

モンマルトルと言えばサクレクール寺院ですが、この界隈には変わったおもしろいものがたくさん隠れています。寺院の周りはいつもたくさんの観光客と”スリ”が集まっているので、あまり好きな場所ではないのですが、ちょっと散策に。

メトロ2番線Blancheからスタートです。この駅の出口には有名なムーラン・ルージュがあり、もうすでにこの辺りから人で混雑していますね。

では、まず、ムーランルージュの右手にある通りを上がっていきます。 Rue Constanceという通りを入っていくとImp.M.Blancheという袋小路に突き当たります。

大通りから外れ、人通りも少なく静かな一角にちょっと古めかしい建物が建っています。ずっと突き当たるまで奥に入って行きます。

すると右手に木々で少し隠れた不思議な家が建っています(左写真)。よーく見ないと見えないのですが、怪しまれない程度に遠くから頑張って眺めてみました。

あるエキセントリックな貴族が1835年にこの土地に中世スタイル(style troubadour=中世をモデルにした理想的なスタイル)の家を建てましたが、彼が死んで20年後の1882年に破壊されます。骨董家の隣人が装飾品などを集め、自分の家に飾ったのが右上の写真。

こちらもRue Durantinにあるちょっと隠れた場所。アパートの一角にあるため、門が開いていれば見ることができるかも。とても素敵な中庭です! かなり豪華です。

どこに何が隠れているか分からないパリの街。前も後ろも、そして足元にも! 歩道で見つけたアートです。思わず笑ってしまった・・・。

モンマルトル界隈は映画アメリの世界でもあります。どこかで見たような場所がたくさん潜んでいます。

ちょっと大通りから路地Pass.des Abbessesへ入っていきます。するとSaint-Jean-l’EVANGELISTE教会がみつかります(Rue Y.Le Tac)。

なかなか綺麗な教会です。教会の隣にあるカフェでちょっと一休み。急に雨が降り始めました。

さあ、カフェで少しくつろいだので、また頑張って歩きましょう。

ここは、Rue des Martyrs=殉教者の通り

ローマ帝国時代に迫害されたクリスチャンたちの小さなカタコンベが存在していました。9世紀には、教会がその上に建設され、数世紀間多くの巡礼者たちの巡礼の地として機能してきました。しかし革命の際に地下にある鉱物を利用するため教会は破壊され、1824年に教会のあった位置を確認する調査が行われましたが突き止めることができず失敗に終わります。1887年に今ある教会が、もとの教会があったであろうと推測される位置に結局建てられることになりました。

ここから大通りBoulevard de Rochechouart。お土産屋さんの二階に何やら奇妙なものが・・・。古いものであることは分かっているらしいのですが、でも何なのかは分からず・・・。不思議です。

同じくBoulevard de Rochechouart。1807年にオープンしたキャバレーの一部。飲んだり、踊ったり、ビリアードをしたりして賑わっていたそうですが、今では破損がひどくなってきているようです。

Rue Ronsard。サクレクール寺院へ向かう人は正面の階段から上がる人がほとんどですが、ちょっと回り道もいいですよ。靜かな通りで、猫もぐっすり眠っていました(左写真)。

そして少し歩くと小さな洞穴が。昔の採掘場跡です。ローマ時代にはもうすでに存在しており、gypse(石膏)が採れたそうです。セメントとして建設に使われたり、また美容のための化粧品にも利用されたそうです。また、当時はこの界隈の景色は今とは違い、穴だらけで(おそらく採掘のため)、かなり荒れていました。そのため犯罪やホームレスたちが多く住み着いていたそうです。

今もその名残りなのでしょうか。スリが多いのは・・・。今でも充分複雑な入り組んだ地形をしていますからね。今回の散策途中にも、小さな公園である男性が捕まっていましたよ。

洞穴を過ぎ、さらに静かな通りを歩いていくと左手に階段が見えてきます。R.M.Utrilloという通りの名前がついていますが、実際は階段です。頑張って登ってみてください。そこをあがるとサクレクール寺院です。登りきった所には公衆トイレもあります!

サクレクール寺院の前を通り過ぎ、反対側に移動すると、先ほどとは対照的な風景が飛び込んできます。すごい観光客の数。

観光客の視線の先にはたくさんの絵描きさんたち。そして画家の集まるPlace du Tertreにはすずめたちも集まります。近寄っても逃げない!!!

そして至る所にアートが隠れていますよ。左はPlace du Tertre近くにあるお店の壁に。右の写真はPlace .M.Aymeの壁に。本当に飛び出してきそうです。

Rue Lepicにある風車Moulin Radet。近くの香水屋さんのため、この風車ではタマネギ、石膏、またその他の材料を挽いていたそうです。
他にももちろん昔はたくさん風車があったそうです。

風車からすぐの所で、ちょっとおもしろいものを発見。あるアパートの住人の名前がすべて有名な画家の名前になっていました。こうすることでプライヴァシーを守っているのだとか。日本人画家のFOUJITAの名前もあります(ランスシャンパーニュ観光ページで少し紹介しています)。どんな人が住んでいるんでしょうね。

Statue de saint Denisサンドニの像は Impasse Girardonと呼ばれる公園の中にあります。

もともとモンマルトルとは、”Mont des Martyrs=殉教者の丘”という名前の由来をもっており、紀元272年頃、のちにフランスの守護聖人となるSaint=Denis(サン・ドニ)と二人の司祭の3人が首をはねられ殉教したという伝説が残されています。首をはねられたサン・ドニは、自分の首を抱えながら北へ数キロ歩いたと言われ、息絶えた場所が現在のサン=ドニ大聖堂になったということです。

この公園を訪れるまでは、そんな伝説があるなんてまったく知りませんでした。静かな公園中央に自分の首を抱えた像を発見した時はとても不思議な感じがしましたが、歴史を知ることができて満足。

 

左はPlace Dalida。昔、この辺りは動物の水飲み場だったそうで、土地が少し盆状になっており名残りが確認できます。

右の写真はRue de l’Avreuvoirの壁に残っていた日時計。

Rue des Saulesを下っていくと、そこには珍しいパリの葡萄畑が広がっています。

中世時代にはモンマルトル界隈一面にあった葡萄畑。しかし時間とともに小麦や果物畑に変わっていきました。当時のワインは評判も悪かったからでしょう。”Sauter comme une chevre=ヤギのように跳び上がる” と言われたモンマルトルワイン。

vin qui fait danser les chèvres : vin apre et acerbe ヤギを踊らせるワインとは苦く、渋く、酸っぱいワインを指します。

1リットル飲むと4リットル分排出しにトイレに駆け込まなければならなかったとまで言われています・・・。どんなワインだったのか・・・。

葡萄畑のすぐそば、Rue saint-Vincentにあるピンクとグリーンのかわいらしい建物。かわいらしいのですが、実は危険なビストロとして有名だったそうで、1960年には、”Au rendez-vous des voleurs”(泥棒の待ち合わせ場所)、 そして1869年には “le cabaret des assassins”(殺し屋のキャバレー)と呼ばれていました。建物の裏は墓地だったというから、また不気味・・・。1880年に、ようやくオーナーが諷刺画家Andre GIllに店のイメージキャラクターを作ってくれるように頼みます。そこで出来上がったのが、料理されようとしているうさぎが鍋から逃げ出すイメージ。

イメージ:Wikipediaより

キャラクターのうさぎLapinと画家の名前Gillがつながり、さらに、うさぎのイメージと合うようGIllがAgile(すばしっこい)に変化し、名前がLapin Agile Cabaretと定着したそうです。

天気の悪い散策でしたが、かなりモンマルトルのイメージが変わった一日でした。サクレクール寺院とそこから広がるパリのパノラマ風景も素敵ですが、隠れた歴史を見つけて歩くのもとても楽しいです。皆さんもたくさん歩いてみてください。

Besseベス(プロヴァンス)

Besse(Besse-sur-Issole)ベスとはプロヴァンス‐アルプス‐コートダジュール、ヴァール県にある小さな町です。マルセイユから車で1時間半くらいだったでしょうか。トゥーロンの北に位置します。冬のヴァカンスでドライブで立ち寄ってみました。パリと比べれば冬でも10度前後あり暖かく、ちょっとした散歩にいいですね。


中心にはかわいらしい塔が立っており広場になっています。人はちらほらと見かけましたが・・・。ほとんど休暇中ですね。


ひっそりと、人通りも少ない町、村(?)。左写真は町役場。その前を過ぎてどんどん歩いて行きます。すると犬や猫がのんびりと通りに横たわっていたりします。


町に着くとまず最初に目に付くのが自由の女神(?)。右の写真、窓に猫がいるのが見えるでしょうか。ずっとミャオーミャオーと泣き声が響いていました。なぜか南仏は猫が多い。


町のはずれには大きな池が。散歩にいいですね。


冬に訪れましたが、夏の景色もきれいなんでしょうね。緑でいっぱいになりそうです。

そしてランチタイム!地元の人のおすすめで訪れたレストラン。

La Remise 4 Avenue de la Liberation 83890 Besse sur Issole
TEL: 04 94 59 66 93


とてもカジュアルな雰囲気のレストランで落ち着きます。アペタイザーにはサーモンカルパッチョとムール貝。サーモンにはたくさんアネットがかかっていてプロヴァンス風、そしてムール貝もプロヴァンサルでとてもおいしかったです!


メインデッシュはDaube de Beouf(ビーフの蒸し焼き)プロヴァンサルソース。主人は魚で、なんだったか忘れてしまいましたが、おいしかったそうです。なによりも値段がリーゾナブル。この日はメニューにはありませんでしたが南仏料理のピエパケもおすすめ。

Gaspard de Besse ガスパール・ド・ベス

そしてこちら駐車場でみつけたパネル。 べスの有名人ガスパール・べス。


本名ガスパール・ブイ(Gaspard Bouis)はBesse-sur-Issoleで生まれた、プロヴァンスのギャングスター(1757-1781)。Gaspard de Besseガスパール・べスは彼のニックネーム。乗合馬車を襲い身代金を要求するのが彼のスタイル。彼のモットーとは『脅かすことはするが、決して殺すことはない』。山の中に小屋を見つけそこをあじととして、さらには城築き、民衆の心の中に前革命的考えを植え込む。しかしLa Valetteで捕まり、骨を砕かれ息を引き取るまで晒されたそうです。

小さな町にも歴史ありですね(ちょっとむごいお話ですが)。こんな話、訪れなければきっと知ることはなかったでしょう・・・。そんな歴史があったなんて・・・。

地中海の海岸線沿いとは違って華やかさはありませんが、落ち着いた雰囲気や隠れたレストランなど発見はたくさんあるでしょう。ドライブにおすすめです。

Besseオフィシャルツーリズムサイト

モンフォール ラモリ

Montfort-l’Amaury モンフォール ラモリの位置:

イル・ド・フランスにあるYvelines県の村。パリの南西部に位置し、モンパルナス駅から毎時一本電車が出ています。Dreux行きの電車でMontfort-L’Amaury Mere駅下車。そこから村まで一本道でまっすぐ。私の場合は友達が住んでいるので迎えに来てもらえましたが、歩いてでも行けなくはないと(2~3km)。Rambouillet Forestが隣接しハイキングにも人気。

モンフォール ラモリの歴史:

町の名前は、The Comtes de Montfort(モンフォール伯爵)初代王家、Amaury I de Montfort(モンフォール アモリ1世)から来ています。この場所は、9世紀の初めからモンフォール家の要塞として存在し、Amaury I(アモリ1世)が城壁を築きました。さらにKing Robert IIが996年にモンフォールの丘に城を築きましたが、100年戦争の間イギリスによって破壊されてしまいます。モンフォール伯爵家は1294年にArthur of Brittany(ブリタニ アーサー)とYolande de Dreux-Montfort(ドゥリュ-モンフォールヨランド)との結婚によりブリタニ公国(フランス語名ブルターニュ公国)とつながりを持ちますが、ブルターニュがフランソワ1世(1494~1547)の治世にフランスの一部になった際、王位はフランスに戻されます。


村の丘の頂上に立つ城砦跡。 (こちらの写真は、天気が悪くうまく写真が撮れなかったので、ウィキペディアより拝借)

観光スポット:

Eglise Sait-Pierre

11世紀の中頃に教会の建築が始まり、15世紀の終わりまで存続します。 その後、1491年、la reine Anne de Bretagne(ブルターニュ アンヌ女王)が新しい教会の建設を計画し、もともとゴシック様式だったものが、ルネッサンス様式に取って代わることになります。教会の前は広場になっており、お店が立ち並びます。小さいながら観光客がたくさん訪れていました。

教会の周辺をぶらぶらと散策してみましょう。なかなかの雰囲気があっていいですよ。

教会正面を左に曲がって通りに入ると、ツーリストオフィスがあり、そこを通り過ぎると正面に墓地が現れます。修道院のような回廊が走っていてますが周りはお墓だらけ。この墓地の上から教会を眺めることができます。

Maurice Ravel(モーリス ラヴェル1875~1937)が晩年を過ごした家:

墓地を横切って教会と反対側に出ると、音楽家として有名なモーリス ラヴェル(バレエ音楽『ボレロ』の作曲者)が住んでいた家が見えてきます。音楽には疎く、よく知らなかったのですが『ボレロ』と言えばとても有名。また調べたところ『展覧会の絵』をムソルグスキーのピアノ曲から管弦楽曲に編曲したのもモーリス ラヴェル。どちらも素晴らしい作品。一度聞いたら頭から離れませんね。いつもこれらの曲を聴くたび、すごくかっこいい!なんて思っていました。そんな偉大な人物がこんな小さな村に住んでいたなんて驚きです。

Les Journees Ravel Monnfort l’Amaury

そしてその手前にある階段小道を降りて行きます。

さあ、ここからハイキングへ。

夏のハイキングもいいですが、冬の散歩もなかなかすがすがしくて気持ちがいいですよ(道はちょっと悪いですが)。空気も水も透き通っています。

冬は日が沈むのが早く 、帰りの距離を計算して歩かないといけませんね。ここからForet Domaniale de Rambouillet(ランブイエの森)です。

しばらくすると湖が見えてきます。この日は湖全体が凍っていました。

最後にパノラマ!

パリから電車で40分ほどの場所に位置するので、いつでも気軽に行けそうです。今度は夏に訪れてみたいと思っています。

モンフォールラモリ オフィシャルサイト

Luberon地方の村(プロヴァンス)

9月も下旬、でもまだまだプロヴァンスは元気です。太陽が照り、遅めのヴァカンスに出かける人も多い。

私たちもそんな遅いプチヴァカンスへ南はTGVに乗ってAvignon(アヴィニョン)へ向かいます。そこから車で4、50分、週末を家族みんなで過ごしたLuberon地方にあるMenerbes(メネルブ)という村。厳密にいうとMenerbes(メネルブ)村とお隣Lacoste(ラコスト)村の中間に当たるブドウ畑の真ん中に立つ家を借りました。静かで、何もないのんびりとした場所です。夜は月明かりで、音が何もしません。7、8月のヴァカンスピークには人口が増えるそうなので、意外と時期をはずしたほうが当たりだったのかもしれません。驚いたことは、Anglais(イギリス人)の多いこと!Avignon駅に降り立ったときから英語が耳に入ってくる。それはこのMenerbes村も同じ。こんな小さな村に英字新聞が売られているのを見ればどれくらい多いのか分かるでしょう。話によるとこのあたりはたくさんのイギリス人が別荘を所有しているのだとか。暗いイギリスから太陽を求めてやってくるんだそうです。私も散歩をしていたら、Helloと声をかけられてしまいました(Bonjourと答えましたが・・・)。不思議な環境です。


ここがヴァカンス用に借りた家。石造りでひんやりした部屋。一階はキッチンと大きなリビングルーム、二階は3つのベッドルームとシャワー室、トイレ。周りはなーんにもありません。ブドウ畑が広がっているのみ。裏庭(右写真)にはバーベキュースペースが設けてあり、夜はそこでディナーを。少し間をあけてお隣さんもいるのですが、その方たちもイギリス人でした。


家の周りを少し散歩。ブドウがたくさんなっていましたよ。


家の庭にもブドウの実が。とても甘い!中央写真はホウズキにていますが、中は空っぽだそうです。家の中にもデコレーションでたくさん飾ってありました。右はドングリ?


全体的に乾燥していて、草にたくさん白い小さなエスカルゴがくっついているのが見えます。たぶん空気中の水分を吸収しようとじっと待っているのでしょう。歩くとバリバリと音がします。歩く場所のないくらいそこらじゅうに広がっているんです(白い花のようでよく見ないとそれがエスカルゴとは分かりません)。そんな中見つけたカラフルな花の写真です。


家の壁にカマキリも発見! と、こんな感じでぶらぶら歩き回って楽しんでいました。落ち着きます。

さて、プロヴァンス、おいしいものも忘れてはなりません。たくさん素敵なレストランが隠れています!私たちが訪れたのはMenerbesから北へ向かったJoucas-Gordesという村にある4つ星ホテルHotel Le PhebusのXavier MATHIEUというレストラン。一番乗りでレストランに着いたためスタッフの方々が挨拶に出てこられました。シェフのXavier MATHIEUさんまでも!ガイドブックに載ってた人だー、と感動。白髪交じりの長い髪に黒い眉毛が印象的。まだ若そうな方です。オリジナル商品や、自画像の絵もレストラン内に飾ってありましたよ!


さあ、彼のスペシャリテは、ピストゥスープ(左)、ピエパケ(中央)など全て伝統的なプロヴァンス料理。このピエパケ、ぜひ味わってみてください。ピエパケには特にうるさい主人がおいしいと言ってもくもくと食べていました。とてもユニークです。臭みがまったくなく、でも伝統的なピエパケの味はしっかりと。上にのっている細長いもの、結局なんだったのかよく分からなかったのですが、香ばしくておいしかったです。ピストゥスープはあっさり系で、デコレーションがとてもきれいでした。デザートは3回に分けて。メインデザート(右)はゆずを使ったムース。最近フランスではゆずブームなのでしょうか。いろんなレストランでゆずが使われています。コーヒーについてくるデザートは、カートの上にいろんなデザートがのっていてそこから好きなものが選べるようになっています(絶対全部は味わえません!)。いろんなクッキー、キャラメル、シャーベット、オリーブオイルを使ったマシュマロとかありましたよ。メニューは50、80、110ユーロ。

Restaurant XAVIER MATHIEU
Route de Murs 84220 Joucas-Gordes
TEL: 04 90 05 78 83   WEBSITE www.lephebus.com

さあ、おいしいものをたくさん食べ、ぐっすり眠った次の日はMenerbes村中心へ。


週末だったからでしょうか、ほとんど人にあいませんでした。天気もよく気持ちのいい朝の散歩です。


中心に広場があり、そこの小さなトンネルを抜けると下の写真のパノラマ風景が現れます。


一面ブドウ畑。9月末のプロヴァンスの様子です。


小さな集落には古そうな建物がたくさん。通りの名前は『Rue du Portail Neuf』つまり新正面扉ですが、どうみても年季が入っている(左写真)。

またMenerbesはアーティストも集まっています。こちら村の一角にあった公園。Joe DOWNING(1925-2007)に捧げるとあります。彼はフレンチアメリカンの画家であり、詩人でもある人物。1950年からフランスに住み、プロヴァンスMenerbesで活躍されていたそうです。


左の写真の壁にうっすら見えるでしょうか、ものすごい古い郵便局のサイン。この建物今はアパートですが昔は郵便局だったということ?右は、マルセイユのこちらも古い新聞のサイン『Marseille Matin』。今は存在しないそうです。


そしてこちらの写真はこの村が城砦だったことを示しています。

この地域の経済は徐々に低下し、1945年の後は安いHoliday Homes(休暇用貸家)の経営が始まります。しかし1960年までにMenerbesの人口は半減。ピカソのモデル一人であったDora Maarや芸術家Nicholas de Staelの未亡人が住んでいたこもあり、有名芸術家たちが多く訪れました。また、1990年、Menerbesに暮らしたイギリス人作家Peter Mayleの本によりこの村は英語圏で知られるようになりました。彼の作品のひとつは映画化された、Ridley Scott監督、Russell Crowe主役のA Good Year(2006年)です。実際撮影が行われたのは近くの村Bonnieux。

小さな村なのであまり詳しくは分かりませんが、なぜイギリス人が多いのか理解できたような気がします。

またMenerbesの名前ですが、おそらくラテン語のMinerva(ミネルヴァ)から来ているだろうと考えられています。ミネルヴァとは詩、医学、知恵、商業、製職、工芸、魔術を司るローマ神話の女神。

ではお隣の村Lacosteラコストについて

1038年に最初の『Castrum de Costae』という名前が挙げられており、その名前はcosta 、ラテン語でcote(oにアクサン付)から来ています。日本語でいう「坂道、(丘)斜面」。この城砦を建てさせた領主はRobertとFarald Varacon、そして彼らのいとこたちLes Agoult-Simianeが11世紀の終わりにこの城を手中にします。St.Trophimeに捧げられた教会が1123年に建てられ、1325年ま でSaint-Eusebe de Saignon修道院の修道士たちによって祭務が代行されました。

またLacosteと言えば Donatien Alphonse Francois de Sade(マルキ・ド・サド)という悪名高い住人がいたことでも有名です(サディズムと言う言葉は彼の名前に由来します)。彼は18世紀にこの城に住み、 地元の女性や警察を巻き込んだ一連の事件のあと逃走し牢獄に入れらました。1779年の暴動の際に城は一部破壊されましたが、その後、地元の人々によって 略奪されます。現在はファッションデザイナーPierre Cardin氏によって所有されており、彼が城を復元し、文化的イベントをそこで開催したりもしているそうです。

しかし! 「Lacosteを文化的 St.TROPEZに』という彼のプロジェクトが地元の反対に。地元の人の主張としては、「静かな村の家々を買占めアーティストメッカに変えようとしてお り、彼自身やパリジャン友達のための遊び場としての偽の田園風景を作りあげようとしている」ということです。The Independent紙に記事が載っていたので参考に。


これはちょっと失敗ですよね。せっかくののどかな風景が・・・。パリジャンの間違ったプロヴァンスのイメージ?パリジャンの遊び場にならないことをただただ願うばかりです。

そして、最後にお土産です!まずはオリーブオイル。この地域で一番と評判のオリーブオイル工場Moulin Saint Augustin。ほかにもプロヴァンス名物タップナードや、オリーブの木でできた小物品(パリだと値段が倍します)。


大きなお屋敷の一角が販売スペースに。呼び鈴を鳴らすとおじさんが出てきてお店を開けてくれます。オリーブオイルの試飲ももちろんできます。私たちの選んだのはアーテチョークの風味がするオリーブオイル(おススメ)。


タップナードはパンにのせてアペタイザーなどによく食べます。オリーブの実をつぶしたもので、ノワール(黒)とヴェール(緑)があり、私はヴェールが大好きです。

Moulin Saint Augustin
2800 Route d’Apt D900
84580 Coustellet Oppede
TEL 04 90 72 43 66   WEBSITE  www.moulin-saintaugustin.com


そして、Menerbes、Lacosteを含めたLuberon(リュベロン)地域は果物栽培で有名。ブドウ畑のほか、リンゴの木などがそこら中に。いろんなフルーツのパテはどうでしょうか。ジャムとゼリーの間くらいの感覚かな。甘いですがお茶にあいそうです。主人の大好物!

近辺には観光スポットもたくさんあります。私たちの訪れたのはほかにルシヨンとゴルドという村です。
関連ページ
Roussillonルシヨン
Gordesゴルド

関連サイト
Menerbes Tourism プロヴァンスリュベロンニュース
Lacoste TourismLacoste84.com

まだまだおもしろい場所がここLuberonにはあるので何度も訪れたいと思います。週末バカンスという短い時間でしたが大いに楽しめました。またパリでの生活を頑張らなければ・・・。